忍者ブログ
 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
[273]  [272]  [271]  [270]  [269]  [268]  [267]  [266]  [265]  [264]  [263
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 何で自分の絵は受けないのか、という課題について色々と悩んでおりまするが、jayhawkさんから懇切丁寧な指摘をいただきました。
 (「キャラに魅力が無いからだ」「可愛くないからだ」などという大雑把で恣意的かつ低能なツッコミは幼稚園児にもできるぞ!どこが「魅力的ではない」のか「可愛くない」のかまでキチンと指摘できるのが大人というものです。それができなければ幼稚園からやり直せ。悪意しか無いバカはお呼びじゃないんだよ)

 どうも「目」がいかんらしい。
 もう一個のブログ「右も左も」のコメント欄にあるのだが、ここでも一部抜粋。
http://hillmama.blog37.fc2.com/blog-entry-14.html#comment12

 >女性の目というよりも「中性的な男性」の目という印象です。 なので、そういった方面では今の目の描き方がより生きてくるのかなという気がします。

 「あのような顔付き」。・・・女性の目というより「中性的な男性の目」だそうです(´・ω・`) ・・・私としては「微妙な表情の変化が表現できるような顔を描こうとしたら、あのような顔つきになった」だけなんですけど。
 (「表情が豊か」と「表情が派手」とは全くの別物である。「表情が派手」に見える人物は大抵の場合はむしろ「表情のヴァリエーション」が乏しいからこそそのように見えるのである。喜と怒と哀と楽という4つの表情しか無いのだ。色数の多いアニメや香辛料と具の種類の多いカレーほどタッチや味がマイルドになるのと同じ理屈である。当然表情の派手な人は微妙な感情の起伏=脳の働きというものも無いので、必ずと言っていいほど知能が低い。描いてて楽しくないキャラなのだ。個人的に、原作者のタッチに忠実に描いて全然つまらないのは尾田栄一郎のキャラ。作者の知性の多寡はともかく、あの大口開けて目を見開いた締まりの無い表情のどこに知性がありますか?ルフィの顔って白痴っぽくないか?悪魔の実を食わなきゃただのバカだぞ。まぁジャンプマンガらしいわな。古いところだと本宮ひろしもそうか。汗と唾飛ばして目をむいて怒鳴り散らしてる暑苦しい顔か、自己陶酔して遠くを見ている甘ったるい目つきか、そのどちらかしか印象に残らない。いずれも頭悪そう。さすが、制作のほとんどをアシに任せてゴルフ三昧の大先生は違うね!大先生ご本人はキャラの目しか描かないってホントかな?とにかく私はキャラが下品に見えるような派手な表情はあまり描きたくない)
 具体的に私のキャラは、目がどこを向いているかわかりやすいように白目の部分が広く、目の形も(大きさはともかく)現実の目に近い形である。(目尻から突出した線は「切れ長の目」+「まつ毛」の記号的表現です。私としてはマンガっぽい顔を描いているつもりですよ)
 だがどうして「表情豊かな顔」が「中性的」で女らしく見えないのか。
 女性の本質的魅力が「受動性」にあるからだ。

 表情は、意思表示のために顔面の筋肉の動きが発達したものである。つまり、表情が明確であればあるほど、意思表示の意図がはっきりしている、自己主張が強いという事になる。「能動的」な人物、という事だ。
 現実の女性を見ればわかるが、男性に比べ、格段に外見にかける時間や費用、労力が多い。身を飾る事を好むのである。また社会的にも、身を飾らない男性はただ地味なだけだが、女性だと「女を捨てている」とさえ言われかねない(私もこういう女は嫌だ)。
 女性にとって「良く見られるため」(つまり受動的態度を取るという事)の努力は欠かせないのだ。当然、表情も受動的な、ごくおとなしいものになる。
 (戦国時代から近世初期に見られた「傾き者」はここでは扱わない。詳しく調べ始めると話が専門的になるからだが、ただあの時代、一介の武芸者から武将・大名まで、「立身出世」「就職活動」のため他者よりビジュアル的にも目立つ必要があったとは言える。「親方日の丸」の公務員である現代の自衛官のように生活が保障されているわけではないのだ。どちらかというと、信用と実績を宣伝して仕事を受注する個人業者に近かった。だから一見美々しく着飾っているように見えても、身を飾るというよりは自己アピールやデモンストレーションの意味が強いのではなかったか。つまり「広告」である。大勢の兵が入り乱れて切り結ぶ乱戦状態ではよほど目立つ姿をしていないと「戦果確認」もままならなかったはずだ。中世の貴族の男性が豪奢に着飾ったのは、財力を誇示する行動である。昔は高級スポーツカーも自家用ジェットもなかったのだ。自己アピールしすぎると返ってウザがられるだけの現代女性とは全く事情が違う)
 
 マンガやアニメの絵は多かれ少なかれ記号的表現であり、極端に言うと人物の顔さえ記号である。
 能動的とされる男性の表情はハッキリと描かれ、受動的とされる女性の表情は抑えて描かれるのだが、だから受動的であらねばならない美女・美少女(女性の描くイケメン男もそうか)の顔はなおさら記号化が進むのである。(極端な話、あまりリアルだとシミ・小じわや毛穴まで見えてしまう。それじゃ美人に見えないよね^^)
 目鼻が不等号など、文字通り記号になる「漫符表現」が少女マンガや萌え絵の女性キャラに好んで使われるのは、キャラ、特に女性キャラの顔そのものが「美形」を意味する記号そのものである証拠なのだ。
 そのような表現に慣れた目には、記号的表現からは程遠い、表情のハッキリした女性キャラの顔は「中性的」に見えても仕方が無いのかも知れない。
 「中性的な男性」の目をした女子高生(笑)を描いた私は、実はあまりマンガやアニメの絵の影響を受けていないのである。
 昔描いた絵を見ても、特定のプロ作家の誰にも似ていない。(つぶさに「検証」すれば、誰かからの何らかの影響は見て取れるかも知れないがw)
 『シャングリ・ラ』の國子。最初に見た時、誰の絵かわからなかった。以前はもっとリアルな絵だったんだけど。小説版の挿絵は吉田健一。ボンズとゴンゾの違いですか。 世間に受けるためには、もう少し記号的表現を取り入れ、受動的な顔付きの女性を描くべきなのだろう。だが私は、意志薄弱で自分では何も決められないような他者依存的傾向の強い女性を好きになれない。加えて、一枚絵で全てを表現する必要がある。
 やはり表情のハッキリした女性を描く事になるなぁ。(マンガやアニメだとキャラの性格の描写は顔付きや表情以外にも方法は幾らでもある)
 (村田連璽も最近は様式的な萌えを意識した絵を描くようだが、氏本来は派手さが無い、微妙でいい表情を描く作家である。硬直化した様式的表現に陥らない事を祈る)

 ・・・正直な話、自分の描く女の子があまり可愛く見えないのには気付いていないわけではないのです。
 受動的な「普通に可愛い顔」を描くのは簡単だが、それが納得できないだけなのだ。
 やっぱ聡明で意志の強い女性の方が、陥落させた時の喜びもまた格別でしょ(笑 (結構ツンデレ好きです)

拍手[0回]

PR
Comment
name 
title 
color 
mail 
URL
comment 
pass    Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
管理人のみ閲覧可   
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
最新コメント&レス(こちらも一生懸命!)
[01/24 j.k]
[01/23 漫画アニメ好き]
[05/14 j.k]
[05/14 文をどこで止めれば言いかでわけわからなくなってる人、まあKYだろうね]
[05/14 文をどこで止めれば言いかでわけわからなくなってる人、まあKYだろうね]
ブログ内検索
バーコード
プロフィール
HN:
j.k
性別:
男性
職業:
てんしょくってなに?
趣味:
やればできるこです。やりません。
自己紹介:
 王様の耳はロバの耳。そうハッキリ言う人です。
 王様は裸だ。そうハッキリ言います。
 王妃様も裸だ、とは言いません。うぇっへっへ。
カウンター
NHK時計ですよ。
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]