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 マンガを描くという作業と、その時の脳みその働きについて書かれた面白い文章を見つけました。
http://blog.tatsuru.com/2008/06/18_1048.php
  
 平たく言うと、日本のマンガ家は「物語を構成する脳のパーツ」(小説家脳。論理的な作業担当。左脳にある)と「絵を描く脳のパーツ」(画家脳。芸術部門担当なので右脳にある)という、全く別々の(というか、考えてみれば対極的な)部位をほぼ同時に平行して動かしている、という事である。
 これは意外にすごい事らしいのだが、何の事は無い、日本人は「ある程度」までなら図像(画像?)も音声も言語も、左脳がまとめて処理しているのだ。で、キャラクターの身体を自由自在に動かすという段階で右脳を使うわけだ。まぁそれでも「左右」同時に使う瞬間も少なくないのだろうな。
 (アメコミは大半、脚本と作画は別々の担当。というか下描きとペン入れまで別の人がやる。日本ではペン入れできないマンガ家など相手にもされないのに。工業製品みたいな今のアメコミでは作家性を重んずるMANGAには到底勝てないだろう。これと同じ事を太平洋戦争でやらかして日本は負けたんだけどね・・・)
 しかし・・・右脳と左脳を同時にスペック目一杯ギリギリまで働かせている場合は極めて少ない、という事はできよう。
 名前が挙がっている井上雄彦はなるほど才能ある作家さんではあるが、同時に複雑なストーリーテリングや難解な思想を振り回すような離れ業は無理である。せいぜいスポーツマンガ(宮本武蔵も一種スポーツマンである。血腥いけど)でのみ真価を発揮するだけだ。
 ミラーニューロンをこそ大いに活用しているかも知れないが、左脳の方はストーリーとプロットを追いかけるのが関の山であろう。決して(高度に)知的な作家とは言えない。バカではないだろうけど。
 (文章を書いた人、調べてみたら結構有名な先生らしい。いやオレが無知なだけか)
 大友克洋の名前が挙がっているのなら、せめてもう一歩踏み込んで、なぜ士郎正宗まで取り上げなかったのか。(この点が内田さんの限界か)
 押井守以後、なんかアダルトな容貌になったけど、本来は美少女っぽいんですよ草薙素子は。 士郎正宗ならば、間違いなく相当に左脳の方まで酷使しているからである。
 (右脳を酷使するアクション描写にも優れているのがすごいところだ)
 文中にあるマンガ家では、その辺がちょっと物足りないのだ。(余談だが、鳥山明はかつて旧西ドイツの首都を西ベルリンだと言ったそうな)
 井上雄彦や鳥山明では、せいぜい脳みその使い方が「ぎっちょ」(両利き)、小器用な作家、といったところか。
 大友克洋は『AKIRA』でサイバーパンクという、そこそこ左脳を使う作品を描いているが、さて近年の活動はどうだろう。
 そして大友よりさらに左脳(と右脳)を酷使する士郎正宗は?
 大人気作家であるにもかかわらず、大変寡作ではないか?発表する作品数が非常に少ないのだ。
 ・・・つまり、いくら器用な日本人でも、右脳と左脳をほぼ同時に平行して「フル稼働」させるのは相当キツイ仕事だ、という事である。
 加えて言うと、ある程度まで画像と音声と言語を左脳で一緒に処理している日本人でも、本気で絵を描いたり楽器を演奏する時は、芸術担当の右脳を重点的に動かしているのである。(マンガが劣っているというのではない。マンガの絵は「物語」が伴って初めて意味を成すもの、という事だ。私がいとうのいぢを高く評価しないのはそういう理由からだ)
 色んな(マンガ家以外の、そして絵の才能のみに関してはマンガ家以上の)「神絵師」の作品を見てきたが、超絶技巧の人ほど「寡黙」である。
 文章(左脳。論理脳が担当)を書かせればそこそこ書く人もいるが、それとて全体の構成や内容について、本職の著述業の人とタメ張れるほどの腕前とは到底言えない(当たり前だ)。書けても軽いエッセー程度のものだ。
 また、文章を書く傍ら絵も描く、といった人も、万人を感嘆させるほどの絵は中々描けないものだ(今のオレの立ち位置がここ)。こういう人は脳の構造上、絵に意味が付加されているネタ絵に走りやすい(笑
 (でもある程度絵が上手いとされる絵師のネタ絵ほど、ネタがベタで捻りがなくてつまらないんだよなぁ。「考えオチ」なんて逆立ちしても無理だし。でもベタな方がガキにも受けやすいのでランクインも楽勝だね!)
 なお、絵を描く小説家というとヘルマン・ヘッセや武者小路実篤(笑)が有名で、そこそこ上手いんだけど、それで食っていけるか、というと?である。
 自分の経験だが、身を入れて文章を書いている時は絵など描けない。少なくとも自分が納得できるものは描けない。その逆も然り。

 結論:万能の二刀流「脳みそ使い」なんて存在しないのだ。絵も物語も両方こなせてしかも完璧、なんてやはり至難の業なのである。

 内田さんの説に従うと・・・一方で、描き手が(言うまでもなく「読み手」も)ミラーニューロンを使わないであろう性質のマンガ(何も『ドラゴンボール』や『バガボンド』ばかりがマンガじゃないのだ)の多くは、かなりの割合で「左脳だけ」で描かれ(読まれ)ているのかも知れない。画像も音声も言語も(軽い作業ならば)左脳でいっぺんに片付けられる日本人ならではの芸当ですな。
 ・・・萌えマンガ描いてる男の作家がミラーニューロン使いながらマンガ描いてる図って、ちょっとキモいと思いませんか?右脳使ってもいいからミラーニューロンは使わないで欲しい、少なくともオレの前では(笑
 萌えマンガの絵は大抵の場合、マットで平面的な絵柄だから(厳しい事言うとデッサンがちょっと危なげな人も少なくない)、まぁその点は安心してよろしいかと。

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ふぇー・・・
面白いもんですね!
(リンク先もざっと目を通してみました。そちらはちょっとまあ、偏った意見のような気が
しなくもないですが、そんなこともあるかもな、と)
マンガを描くのが大変なのはよくわかっているつもり、なのですが、
こう、マンガって「読む」のも実は大変なんじゃないかというのは
最近、ふと思い至ったことでもあったり・・・
絵の部分と、テキストを同時進行に見て、話の流れも掴まなきゃならんというので
割とマンガを読むのは脳が忙しいのかも知れないな、と。
変に、ストーリーがビジュアル化されてもいるから、話を先行して読んでしまうと、
自分の想像と違う「絵」が出てくると脳が混乱したり・・・なんてこともあるのかも。
そこからまた、深層的に好悪の感情も出て来たり、いろいろ難しくなるのかも知れませんね。
最近は、マンガの読み方(文法的な意味で)がワカラン、という子供もでてるとのことですが。
(以前、担当編集に聞いた話では、作家の故・城山三郎氏も、マンガは読めない、
絵と文字を同時に読めるか!とかなんとか仰ってたそうです)

話は少しズレますが、自分が感じているのは、デジ絵とアナログ絵でも、
脳の使っている部分に違いがあるんじゃないかということです。
・・・自分の感覚として、ですが(^^;
ゑび庵 2009/03/12(Thu)22:40:01 編集
 私もマンガを描きたいんですが・・・。
 ウチの両親もマンガの読めない人々でしたよ。
 ・・・もっとも、出版物そのものがあまり読めない人たちでしたが。
 私自身は『さよなら絶望先生』『redEyes』と、タイプは違えど、かなりグラフィック脳とテキスト脳を同時に酷使する(もちろん、左脳だけで片付けている時も多いですが)マンガを読んでたりします。
 取り上げた記事、どうもネタとして書いたもののようですね。
 だって最初の方で既に「日本人は左脳だけで(ある程度は)マンガを描いたり読んだりできる」と言い切ってますからね。
 井上雄彦の脳みその使い方を紹介したかっただけでしょう。なんか武道マニアみたいだし。
 ただ、「マンガを描いたり読んだりする作業」は実は脳みそにとって結構忙しい仕事であり、左脳だけで(ある程度は)グラフィックもテキストも同時にこなせる日本人ならではの表現手段、という指摘は面白いですよ。
 (それが世界的に広まっている、というのは、世界が「日本化」しつつある証拠である、というのは大袈裟でしょうか)
 映画やアニメは言うに及ばず、「総合芸術」というものは多くの場合一人では作れないものであり、幾つかの「担当部署」に分かれて制作する表現手段であります。
 (映画が娯楽として普及し産業として成長したのが、「フォーディズム」つまり「流れ作業による工業製品の大量生産とコストダウンによる安価な製品の大量消費」発祥の地のアメリカであるのは興味深い事実ですね)
 が、マンガは(映画よりは単純とはいえ)たった一人で作れてしまう「総合芸術」であります。
 大資本による娯楽産業が発達し広大な市場を持つアメリカではなく、戦後の貧しい時代の日本で誕生し成長したのがマンガである、という点が文化の大きな違いを示してますね。
 (映画とほぼ同じ「工程」で制作されるアメコミってやっぱつまらないです。「作家性」が希薄で内容も似通ってるし・・・売れっ子になると内容がつまらなくなる日本のマンガ家も同様の事情なのでしょうか。『ゴル○13』って面白いと思った事が無いんですよ私)

 イラストレーターどころか油彩の画家ですらマンガを描いてしまうのが日本という国であり、優れた作品の10や20はすぐに挙げられる国民が日本人です。
 が、マンガ家のマンガとイラストレーターのマンガはどこか違いますね。 寺田克也や草薙琢人など、イラストレーターが描いたマンガは一枚絵として勝負できるコマやページが多いのですが、全体としては展開がもっちゃりしています。なんかどんくさいんですよ。鈍重な感じがします。
 やはり全体を見るのではなく、1コマ1コマ描き込んでしまうからでしょうか。コマの速度が遅いんです。マンガというよりはバンド・デシネに近い。
 (大友克洋と寺田克也は共にメビウスの影響を受けていますが、大友はあくまでマンガなんですよねぇ。この点も面白いですね)

 私の絵は世間から全くと言っていいほど評価されていませんが、これはテクニックのレヴェルやスキルの貧弱さだけではなく、「どう見てもマンガの絵」をごつく塗りこんでしまう、という方法にも問題があるのかも知れません。
 ・・・自分でもおかしな絵を描いてるなぁ、と頭を抱える事が、実はしばしばです。線画が完成した段階が「一番見れる」絵なんてロクなもんじゃありませんよ。
 デジ絵(CG)とアナログ絵の違い、というより、「一枚絵」(水彩画・油彩画に限らないけど)とマンガの違い、という気がします。
 「靜」の絵で「動」のマンガを構成しても上手くいくわけ無いですし。
 j.k URL 2009/03/14(Sat)01:48:11 編集
お邪魔致します。
こんばんは、過去の記事へのコメントとなりますが、今回の記事も大変興味深く読ませていただきました。
自分も絵と文、両方を書き(描き)ますが、両者の間に横たわる齟齬に悩むことが少なくないからです。
思うに文章というのは、目の前にある事物をいかに分析的に、意味づけするか(裁断するか)という左脳的な作業なのですが
絵を描くというのは目の前の対象を素直に見つめ、いかに正しく見て、正確に表現するかということが問われる右脳的な作業です。
つまり、片方は相手を意味づけし、片方は相手をあるがままに見る、ということで全く反対にあるベクトルとしては作業なのではないかと、こう考えるのです。
どちらも正確に表現することが、最も重要なこととなりますが、完成形へ至るその道筋が違うというように思います。

ただ日本人の場合は漫画という特殊な表現形態があり、それが左脳/右脳的な見方の中間地点に位置しているのかもしれません。そう考えると、自分が何故漫画的表現に惹かれるのかなとなんとなく疑問が氷解しました次第です。
個人的には左脳/右脳を同時に活用できる日本人の物の見方というのは何となく、CPUのデュアルコア的な仕組みなのかな、と思いました。
Tet1 URL 2009/11/16(Mon)02:12:02 編集
 本格的デュアルコアが可能な人は神かも知れません。
 脳みそのデュアルコア化は至難の業かと思いますよ。一生を終始一貫してデュアルコアで通した作家というものを私は知りません。居たら居たで大変寡作な作家だったりします。
 私自身は文章より絵の作家になりたいのですけど、ブログの方が(わずかながら)アクセスも評価も上であり、こちらも蔑ろにはできなくて困っておりますよ。
 副ブログのタイトルの「右」と「左」は脳の右半球・左半球を意味しますが、欲張るとやはり上手くいかないのかも知れません。更新も滞りがちであります。
 うーちゃかさんという絵師さんが居ますが、この人は本職がライターであり、記事本文に書いたとおり、やはり左半球で絵を描かれているように思います。ご本人にも「塗りがごつい絵は描けない」という意味合いの発言があります。
 私もpixivの「なんちゃってランカー」にありがちな二次創作(線画に適当に色を塗ったような、ちょっと丁寧な塗り絵みたいな)のキャラ絵、ただキャラがポーズ付けてるだけでろくに背景も描かれていないような単純な絵なら量産できなくも無いのですが、それでは凡百の同人作家と大差ありません。
 しかし・・・日本人特有の「擬似デュアルコア脳」で絵と文章の「二足の草鞋」が可能になるのはせいぜい線画までですが、ひょっとしてデッサンという作業は、少なくとも出力という点では論理的な作業なんですかね?
 それとも左脳が歩み寄れるギリギリの境界線が線画、デッサンというわけでしょうか。
 そういえば塗りが達者で色遣いが派手な作家ほど文章がつまらないですね。というか書けない人が多い。デッサンもグダグダです。
 ・・・彩色の上手い人に嫉妬しないでもありませんが。
j.k 2009/11/16(Mon)22:08:32 編集
こんばんは、
先程は拙ブログにコメントいただきどうもありがとうございました。

> 副ブログのタイトルの「右」と「左」は脳の右半球・左半球を意味しますが、欲張るとやはり上手くいかないのかも知れません。更新も滞りがちであります。
自分も、拙いながら描いたりするのも書いたりするのも、好きです。どちらを選べと言われても選べないし、どちらも大事です。欲張りがち、あるいは単なる器用貧乏なのかもしれません^^;;

> うーちゃかさんという絵師さんが居ますが、この人は本職がライターであり、記事本文に書いたとおり、やはり左半球で絵を描かれているように思います。ご本人にも「塗りがごつい絵は描けない」という意味合いの発言があります。

この「塗りのごつい絵」というのが、自分的にちょっとわからなかったのですが、いわゆる厚塗りのことになるのでしょうか?
自分は以前pixivのテンプレ「いろんな塗り方でキャラを描いてみよう!」というのに挑戦してみたのですが、厚塗りよりも、最も平坦なアニメ塗りのほうが遥かに難易度が高いように感じました。どうも、平坦だとどこにどう影がついているのかよくわからなくなって混乱してしまうようなのです。しかもレイヤも一枚しか作っていなかったので、大変苦労しながら塗った記憶があります。

> 私もpixivの「なんちゃってランカー」にありがちな二次創作(線画に適当に色を塗ったような、ちょっと丁寧な塗り絵みたいな)のキャラ絵、ただキャラがポーズ付けてるだけでろくに背景も描かれていないような単純な絵なら量産できなくも無いのですが、それでは凡百の同人作家と大差ありません。
そうですね、具体的に習得したい技術があるならともかく、ただみんなと同じなだけの絵では、描いていても面白くないと自分も思います。

> しかし・・・日本人特有の「擬似デュアルコア脳」で絵と文章の「二足の草鞋」が可能になるのはせいぜい線画までで>すが、ひょっとしてデッサンという作業は、少なくとも出力という点では論理的な作業なんですかね?
> それとも左脳が歩み寄れるギリギリの境界線が線画、デッサンというわけでしょうか。

色や形を識別するのは全般的に右脳だと、なにかの本で読んだことがあります。
が、その形を明確に認識するために、識別と判定を行うのは左脳なのかもしれません。ただデッサンが変、というのは右脳で判定しているのか、左脳で判定しているのかは非常に判定が難しいとは思いますが。
情報不足で申し訳ありません。
Tet1 URL 2009/11/16(Mon)23:02:40 編集
 脳も目も左右2つありますね。
 非常に高い技巧を持つプロ作家さんである安森然さんも言ってましたけど、「アニメ塗りもこれはこれで奥が深いんですけどね。配色一発で印象変わってしまうし、省略の美というか。」だそうです。(この作家さんは美少女描きでは少数派である「重デッサン派」であり、非常にしっかりしたデッサン力をお持ちです。まぁ私は才能さえあれば何を描こうがあまり気にしないところがあります。「何を描くか」より「どう描くか」の方が大事かと思うんですよ)
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=6964090
 言われてみればアニメ塗り、これはこれでごまかしが利かない彩色法と言えるかも知れません。「水彩」「エアブラシ」や「ぼかし」「指先」といったツールの方がごまかしは利きますね。良くも悪くも情報量が多いため、見る人の目は勝手に補正してしまう部分はあると思います。
 まぁどのような技法も極めれば技巧的に高度なものとなるのでしょう。先の文章で私の念頭にあったアニメ塗りとは、もっと単純な、ありがちで貧相な彩色を指しています。

 よくよく考えてみれば、基礎的なデッサンとは「物」を立体視する事からまず始めます。
 つまり、左右両脳の後頭部にまたがる視覚野をまさに「デュアル」で使う事で得られる視覚が立体視である、という事ですね。
 (初めて気づきました。視覚野は両脳にまたがっているんですよ)
 これは脳をデュアルコア的に使うのが得意な日本人が通常2色(つまり彩色画よりデッサンの有無が前面に出やすい)で制作されるマンガを好むのと無関係ではないでしょう。マンガをアメコミやフランスのバンド・デシネのように彩色しようという試みが無いわけではありませんが、商業的に成功しているとは言い難いです。これは価格が高くつく事より、2色で描かれるマンガを好む日本人の嗜好が大きな理由かと思います。
 という事は、日本人は立体視が得意なゆえに平面的な絵でも満足できる、という事でしょうか。古来、日本人は彩色、塗りという点で遠近感を表現した絵画をあまり描いてこなかったわけですが。(水墨画の手法は空気遠近法の一種かも知れないですが)
 西洋的な近代的遠近法はようやく江戸後期から幕末にかけて研究されるようになりました。それにしたところで西洋美術のそれとは明らかに違うもの、西洋絵画と比べて一見平面的なものではありますが、彩色が平面的である分、立体的な構図が際立っていたりします。広重の絵などは特にそうですね。『さよなら絶望先生』の久米田康治先生の絵にもそういうものがあったりします。
 農耕民族といわれている日本人が意外にも狩猟民族的な性質を色濃く持っていた、というわけですか。

 立体視と色彩感覚については男女で性差があり、女性は一般的に男性より色彩に対するセンスが優れている一方で立体感・量感の表現が苦手です。はっきり言うとデッサン力の弱い人が多いのです。
 (狩猟採集時代にこの傾向が強化された、という学者がいます。マンモスを追い回す男性は距離や対象の大きさをより正確に把握するために立体視に特化した目を持ち、子育ての傍ら食べられる木の実やキノコを採集する女性は色彩感覚を発達させた、という事だそうです。マンモスも危険な獲物ですが、毒キノコも生命に関わります)
 夏目房之介さんだったか呉智英さんだったか岡田斗司夫さんだったか忘れましたが、「女性のマンガ家は画面の空気を操作する技法を発達させた」と言っていました。簡単な例を挙げると、美少年や美青年が登場するシーンの背景に満開のバラが咲いてたりするアレですね。さすがに最近ではギャグでしかありませんが(笑、あのような発想は空間認識に捉われている男性にはちょっと無理でしょう。デッサンが弱い反面、女性的な絵には「匂い」があるように思えます。

 近年、ゲームやラノベの彩色絵が数多く流通するようになり、このためでしょう、女性の絵師の活躍も目立ちます。
 ・・・当然の事ながら色を抜くと見れたものではない(絵心がある人なら色がついてても簡単に見抜きますが)デッサン皆無絵師も男女問わず増えました(女性には悪いですが、女性に多いですよ)。
 脳という器官は可塑性が高く(粘土みたいなものですね)、練習次第で女性もデッサン力を身に付けるのは容易だそうです。
 最近は時おり男性の萌えヲタなどより格段に高いデッサン力を持つ女性を見かけますね。
 (筋肉質の男性というのは一番描くのがめんどうな題材ではないでしょうか。女性に比べて筋肉や骨格の凸凹が多く、またその位置と形を憶えるのも一苦労です。・・・結果、ガチムチの男性を描く女性の絵師のほうが男の萌え絵師より高いデッサン力を持つ、という結果もあり得るでしょう)

 IT関係の技術者の男性に萌えヲタが多いのは、日常的に膨大な量の数字や記号を扱う仕事柄、記号化したスタイルである(できあいのテンプレみたいなものですね)「萌え」が馴染みやすい、という事もあるかと思います。理系の職業に就いている男性の大半が萌えヲタではないでしょうか。つまり本当の意味でのデッサンという概念が初めから欠落しているんですよ。
 IT業界に限らず、昨今の男性はネットやPCを深く関わる事が多いせいか、多かれ少なかれ「理系化」しているのでしょう、これも萌えヲタが急増した原因かと思います。
 また現代日本人男性の置かれている環境が女性化を促している、という説もあります。・・・平べったい絵の恋愛シミュレーションゲームばかりやってればそういう目にもなるでしょうね。
 モンハンばかりやっている男性からはアンチ萌え作家が多く登場する事が予想されるのでしょうか?いやそういう人は3DCGに向かうのかな、Poserなんて便利なソフトもありますしね。
 それともフィギュアのように、(「現実」にはあり得ない画像ですが)三次元作品として萌え3DCGというものがのさばるのでしょうか?
 そもそも萌えヲタって生身の女性にはあまり関心が無さそうですよね。私の目には異常に感じられるであろう萌え3DCGキャラに熱を上げる連中が激増する事態を危惧しますよ(ひ、ひーっ!)
j.k 2009/11/17(Tue)22:28:22 編集
こんばんは。
萌え系の流行についてですが、IT系だからというよりもオタク系の、特にアニメが何よりも楽しみという層が好き(年若い学生の場合も多い)というイメージがあります。慣れ親しんできたが故に、離れがたいというのもあるのかもしれません。
うちの職場(IT系)では若い男性陣でもそっち方面に興味があるような人もいませんし、同業者の他の同年代の人でも全然見かけたことがありません。ですので個人的嗜好に拠るものも多いのかなとも思います。

>立体視と色彩感覚については男女で性差があり、女性は一般的に男性より色彩に対するセンスが優れている一方で立体感・量感の表現が苦手です。はっきり言うとデッサン力の弱い人が多いのです。

昔から漫画などを読んでいると男女の絵の違いをよく意識することがありました。男性の絵のほうが情念が激しく、女性のほうがやさしいというイメージです。上記のようなデッサン力の違いもあるのかもしれませんが、自分はあまり意識したことがありません。
私は林田球さんなど女性さながらたくましい男性を書かれる方が好きで、同性ながらあこがれることもよくありました。
なので、pixivでもたくましい男性を描かれる女性の方の絵を好きになる確率が高いです。今現在でも筋骨たくましい男性を描いている時が一番楽しいなーと思います。
筋肉などは真剣に描き出すととても面白い題材だと感じるのですが、これは自分がそれとは最も縁遠い存在だからなのかなとふと思いました。

勉強になるコメントありがとうございます、長々失礼致しました。
Tet1 2009/11/22(Sun)02:44:18 編集
 失礼しました。
 やぁどうもTet1さん。
 私の知っているIT関係の人など数が知れてますから、実際には萌ヲタはそんなにいないかも知れませんね。
 pixivのフォーマット部分をこしらえた馬骨氏や「東方」シリーズの作者であるZUN氏などの印象が強すぎるのでしょうか、IT業界の男=萌ヲタというイメージを持つ人も多いようですが、やはり先入観による決め付けはよくありませんね、申しわけありません。ちなみに両氏ともあまり画力があるとは言えないようです。特にデッサンは壊滅的です。
 
 私が知り合う女性の作家はほとんどがデッサンを重く見る人たちばかりです。それに引き換え男性陣ときたら・・・。まぁsaneyukiさんなどは3DCG作家ですが(つまり、あからさまに「立体」です^^)。
 私が付き合いのある中でデッサンにうるさい男性の作家はごく少数です。2~3人かな。もう絵に関しては性差はあまり考えない方がいいのかも知れないですね。(そういえば前カノも絵の先生から量感のある表現についてほめられてましたよ)
 どういうわけか萌えヲタ作家とは絵以外についても思想が合わない事が多いです。やはり平べったい世界を見ている(しかも塗り・彩色が不評な私よりお粗末な人も少なくないです・・・)連中は思想からして深みが無いのでしょう。
 アニメやゲーム以外に何も知らない無知無教養な輩の多い事多い事。世間話しても話が膨らまない事著しい。こういう連中は普段から間口が狭いので作品の内容も貧相ですよ。マンガ描くのにマンガばかり読んでいてはダメだと、古いところでは手塚治虫や赤塚不二夫なども言っています。富野由悠季などもそうですね。もっと若い層の作家でも優れた才能の持ち主なら同様の発言をする事でしょう。(・・・簡単な話、マンガやアニメ、ゲームなど、この場合「近縁ジャンル」からの「影響」はダイレクトすぎて作家の個性・作家性が弱くなる、というのもありますね)
 生前、石ノ森章太郎がTVのインタヴューで「当時のマンガ少年たちは元々映画監督志望の者が多かった。彼らがマンガ家にならずに映画監督になっていたら日本の映画もまた違ったものになっていたでしょう」と言ってましたね。
 ジャンルは違いますが音楽などもそうです。クラシックの交響楽団に黒人というだけで入団を許されなかった演奏家がジャズで才能を開花させ、またはジャズで締め出し食らった奏者がロックで革命を起こす、というケースは昔は多かったですよ。
 また落語などは芝居や浄瑠璃から翻案したもの・パロディも多く、知識が無ければ演じられない噺も少なくありません。
 とにかく、作家性・才能というもの、技巧の背後には幅広いジャンルからの影響が必要、という事でしょうか。
 
 女性に対して男性向けのエロマンガ作家の話はちと気が退けますが、米倉けんごという男名前の女性のエロマンガ家がいます。
 この人は半端なく上手いですよ。しかも衣服でごまかせないエロマンガです、本来なら確実に基礎デッサンが必要とされるジャンルです。(格闘シーンやラブシーンが最もデッサン力を要求されます)
 http://yoneken.net/(・・・まぁBL物もあるようですが。ちなみにこの人はショタコンらしい。あはは)
 林田球という作家は存じませんが、神堂潤という作家はご存知ですか?pixivのブックマークを拝見してたら『red Eyes』の絵がありましたね。知り合いの女性の作家(この人もガチムチ好き)にも大ファンが居りますよ。(面白い事に神堂潤は女性が描けません)
 神堂潤氏の性別は知りませんが、この作家さんも筋骨隆々の男性を多く描きますね(ただもう少し「血の通った」表情が描ければいいな・・・とは思います。メカほどには人間を身を入れて描いていない、という印象があります)。
 
 人体というオブジェは真剣に描こうとすればするほど、その難しさを痛感しますね。骨格や筋肉の位置と形とその変化、間接の稼動域、年齢性別や個人差による体型のヴァリエーションの豊富な事、等々。勉強し始めれば奥が深すぎて先が見えません。
 正確に描き過ぎると逆に不自然に見える事もあるしデフォルメも人によっては「作画崩壊」「異次元デッサン」に見えたりします。・・・何事も万人に評価されるのって大変ですが、デッサンは特にそのようです。
 もう既にご存知かも知れませんが、他にこの記事をご覧になっている人もありますので、こちらのサイトを紹介します。
http://www.asahi-net.or.jp/~zm5s-nkmr/index.html
(「人を描くのって楽しいね」)
 大変勉強になるサイトであります。私は本も買いましたし、それを人にプレゼントもしましたよ。
 (・・・まぁ本もサイトと内容はほぼ同じなんですけど。というか追加事項もあるのでサイトの方が勉強になりますね)
j.k 2009/11/22(Sun)23:21:58 編集
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