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 顔面ドアップです。でも実際デカイ顔してますよ「アタシが一番えらいんよ」と。 ←ウチのネコ(♀。たぬ吉。体重5.3キロのダイナマイトバディ)はよく鳴く。
 エサが欲しいのでもなく、ただ構って欲しいから鳴く。
 ネコエイズはじめ病気が怖いので(予防注射は毎年欠かさないけど、エイズだけはどうにもならない)、完全室内ネコである。
 だから近所のネコその他の人間との付き合いはもっぱら窓越しである。
 お向かいの建物にもネコ好きのおばさんが住んでいるのだが、このおばさんによるとウチのネコの甘えぶりは尋常ではないくらい激しいらしい。
 (ネコ好きの人ならご存知だろうが、ネコは品種が同じでも同じ親から生まれても一匹一匹で性格が違う)
 先代のネコ(オス。家出しました)はオスだったからか、男同士らしく、距離が開いてるにもかかわらず開きすぎる事も無い「付かず離れず」の付き合いだった。(人間のオス同士でもこんな感じですな)
 ネコには人間のような発達した声帯は無い。あれば何か言葉を話すかも知れない。そう考えるのも不自然ではないくらい、ウチのネコはよく鳴く。ニャーニャー。
 このニャーニャーという鳴き声、イヌのワンワンと同じく、人間と暮らすようになってから身につけた「習慣」だそうである。
 (野生ネコでも仔ネコは親に対してニャーニャー鳴く。ネコにとって飼い主はイヌとは違って「上司」ではなく「親」なのだ。ゴキブリやヤモリ、まれに小鳥などの「おみやげ」をくれるネコは多いが、これはプレゼントでも才能の誇示でもなく、人間を「狩もろくにできないダメな子ども」と見なし身をもって狩猟をレクチャーしてくれているのだ、という説もある。飼い主を「子ども」と見なす事さえあるのがネコなのだ。なんか偉そうだな)
 それ以前(約5千年以前?)の野生のネコはそんな風には鳴かなかった。現代のイエネコはやはり人間に話しかけているに違いない。ネオテニーの一種である。
 (狩猟採集時代から、イヌは猟犬として活躍していた。ネコが「防鼠係」として人間社会に加わるのは、農作物を荒らす小動物を駆除し追い払うのに役立ってくれるから。農耕という食糧生産システムの登場とほぼ同時期である。ネコを豊作の神としてあがめる文化もあるが、狼を「オオカミ」と呼ぶのも同じ理由でありんす)

 残された化石から推定して、ネアンデルタール人は現生人類の先祖であるクロマニヨン人より大きな脳味噌を持っていたらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BA%BA
 だが彼らは言葉らしい言葉を話せなかった。クロマニヨン人のような発達した声帯を持たなかったからだ。
 その結果、競争に敗れ、滅んでしまったのだと言われる。
 (言葉を持たない生き物が言葉を持つ生き物に「戦争」で勝てるはずが無い。あるいは人口を減少しつつクロマニヨン人に吸収同化されたのだとも。「埋葬」などの儀式を持つなど、それなりに文化の痕跡がある事から、近年ネアンデルタール人は従来考えられていたより知能が高かった、と言われるようになったが、その途端ヨーロッパの博物館の復元模型の目の色が青くなった。・・・ヨーロッパ人ってやっぱ有色人種に偏見あるんじゃないか?。ちなみにモンゴロイドは今から推定3万年前くらいにコーカソイド即ち白人から枝分かれしたのだと考えられている。だから南北アメリカ大陸から白人の化石が発見されてもちっともおかしくないのだ。つか白人より進化した人種を馬鹿にすんな原始人ども!どうでもいいが実際に白人の平均より日本人の平均脳容積は大きいらしい)
 ウチのネコ、絶対何か話しかけてますよ。ただ人間の言葉が話せないだけ。発声(発音?)も微妙に違うし。
 きっとあと数万年後には人間みたいな言葉をしゃべり出すぞ。

 「話す」のは相手に認められたいから。認知されたいから。
 愛されたいから。評価されたいから。
 心情的に認知される事を「愛される」といい、客観的に主張や才能を認知される事を「評価される」という。
 ネコが飼い主にニャーニャー鳴くのもオペラ歌手がアリアを歌うのも、根底にある理由は同じ。認められたいから。
 知能の高い生物の子は、親の愛情が受けられないとそれだけで死んでしまう事がある。
 生まれて間もないサルの子どもを親から離し、胸にミルク入りの哺乳瓶を仕込んである親に形を似せた金属製の人形と、柔らかいタオルを与えたら、サルの子は人形ではなくタオルを選んだそうだ。食べ物より布の柔らかい感触という、擬似愛情を選んだわけだ。
 幼いサルの子でも、愛され(認知され)る事は重要なのだ(いや、もろに「死活問題」か)。
 夏目漱石の『我輩は猫である』の主人公のネコも、仔ネコ時代に英語教師の苦沙弥先生宅の庭先に迷い込んでニャーニャー鳴いているところを見つけられ、同家に住む事を許される。(周波数の加減か、ネコの声は小さくとも耳に付きやすいようだ。用事に追われている時などは耳障りでさえある)
 
 本人はイヌ派のつもりだったらしいが、作品を読めばわかる。やはりこの先生もネコっぽい。小説のネコも英語教師と同じく、作者本人がモデルなのだ。この人もやはり幼少の頃は家庭の愛にはあまり恵まれなかった。 ある心療内科医によると、親にあまり愛されなかった人は非常に自己顕示欲の強い大人になるという。
 創作家でも特に世間からの評価を特に気にするタイプは、子どもの頃、親にあまり構ってもらえなかったのではないだろうか(えぇ、オレはそうです)。
 まぁ多かれ少なかれ、創作家と呼ばれる人種は世評を気にする傾向があるが(そういう傾向が皆無ならただのオナニストである)。
 創作家にはネコと一緒に住む人も多いようだが、これは座業ゆえに意外に手間のかからないネコが選ばれる、というだけではあるまい。
 (ネコにせっかく描き上げた原稿用紙に墨汁をぶちまけられたマンガ家さんもいるが、そこでこらえて怒らないのが真の勇者だそうだ)
 人は自分に似た動物に強い親近感を持つ。ネコの行動パターンは極めて創作家タイプの人間に似通っている。
 拘束されるのを嫌い自己主張をする。好奇心が極めて強い。ヒマさえあればゴロ寝する(笑
 (類似点は行動パターンにとどまらない。外見、特にネコの顔はある意味、他の霊長類よりも人間臭い。鼻梁つまり「鼻筋」があるのだ)。
 構ってもらおう、人間に認めてもらおうとニャーニャー鳴くネコは、創作家に比べてシンプルな自己主張・自己表現をしているに過ぎない。
 世間に対してニャーニャーと声を上げて鳴いているのが創作家なのである。ニャーニャー。

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