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 ハイパーグラフィアという言葉がある。
 語尾に「~ィア」が付くと、何らかの病気っぽい感じがしますね。
 これは、やたら文章を書きたがる「症状」を指す用語である。
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004283.html
 小説家など著述業の人ならば、これほどありがたい「病気」は他に無いかとは思うが、実際に脳の障害に起因する「病気」だという。
 (↓高橋源一郎氏のブログ。)
http://www.mammo.tv/column/genichiro_takahashi/20060218.html
 側頭葉てんかんや認知症患者の一部が極端な症状を呈するそうである。
 ドストエフスキー。この人ロリコンだったそうですよ。 「患者」は有名なところでは、ドストエフスキーやポー、モーパッサンといった文学のビッグネームが名を連ねるそうな。 
 ついでに言うと、優れた小説家や詩人にはうつ病の人が多い。
http://kokoro.squares.net/depppl.html
 創造性には大きな代償が伴うようだ。

 で、ここで思いついたのが、ハイパーグラフィアの症状はマンガ家やイラストレーターといった職業の人ではどうか、という事。
 真っ先に思い浮かんだのが葛飾北斎。
 ドビュッシーの交響詩『海』のインスピレーションの元となった絵。この波の表現には西洋人はマジでビビったらしいぞ。 自らを「画狂人」と呼んだ人で、膨大な量のスケッチが残されている。
 絵で食えない時代はワサビを売って歩いていたともいうが、いつも何か気になるものが目に留まり、商売も忘れてスケッチに没頭する事が多かった。身長180センチの大男(江戸時代では巨人である)が怖い顔をして筆と画帳を持って突っ立っているのだがら、ワサビはあまり売れなかったそうな。
 現代でわかりやすい名前だと、寺田克也もそうか。この人は仕事でPC(ペインターですね)で絵を描くのみならず、「趣味」として油彩画も描いているそうである。
 「マンガの神様」手塚治虫もそうだったようだ。よく知る人によると、「寝ている時以外はずっとマンガを描いていた」。絶筆となった『ネオ・ファウスト』は亡くなるまで病室のベッドで描かれていた。
 ・・・病床での絶筆をドラマチックに「作家の執念」と言う人もいるが、ハイパーグラフィアの症状が悪化していたのだという、意地悪い解釈もできないわけでない。
 三人とも日本人ですね。
 以前記事に書いたけど、日本人は脳が他の国の人とは違う独特の働きをする。
http://blog.tatsuru.com/2008/06/18_1048.php
 (↓ウチの記事)
http://jacktar.blog.shinobi.jp/Entry/248/
 図像と言語(加えて音声も)を同時に左脳で処理するのである。漢字の最初のものが「絵」から発達した象形文字だったのと無関係ではあるまい。
 日本人の得意とする「絵」は線画に彩色したフラットなものである。量感や立体感を重視する伝統的な西洋美術とは根本的に違う。
 日本画に量感や立体感が乏しいのは、やはり言語の一種、絵を「文字」として左脳で処理しやすいように工夫した結果かも知れない。言うまでも無くアニメやマンガの絵も、その多くが線画にスクリーントーンを貼ったり彩色したりした平面的な「絵」である。
 日本人のマンガ家がかなりの割合で作画と同時に「脚本」もこなせるのは、そういう独特の脳の働きに拠る。(日本のマンガではまず始めに映画の絵コンテと脚本が一つになったような「ネーム」という台本を作る)
 絶筆。田中圭一の『神罰』ではそういうのも「再現」されている。オレも手塚ファンだから許しちゃうぞ。 ちょっと乱暴だけど、浮世絵師の北斎も手塚治虫も、「絵」を言語として扱い、そしてハイパーグラフィアに罹っていた、とも言えないか。(寺田克也も、線画のハッキリしたマンガっぽい絵もたくさん描いている) 
 「描く」という言葉は本来「えがく」と発音するが、これは元々「絵書く」とも書いたのではないか。
 さすがに「えがく」と発音するのはどこか文語的でちょっと大袈裟であり、だから絵を描く時も「かく」と発音するようになったのだろう。
 日本人にとって絵を「かく」のは字を「かく」のと同じ行為なのだ。
 ちなみに(私事で恐縮ですが^^)私の描いた一番新しい絵、描き始めてから何と1ヶ月もかかって完成したのだが(完成度が伴わずすまんのう・・・)、大雑把な線画だけはとっくの昔に仕上がっていた。
 難航したのは虎ロープのもっともらしい形の表現(ナイロン製の虎ロープは麻製のロープと似ても似つかないのですよ)と、薄暗闇の中で月明かりに浮かぶキャラの身体の陰影表現。
 色彩と質感と量感はいずれも左脳では処理できない絵画的要素である。
 ・・・私は右脳と左脳の間をあわただしく、文字通り「右往左往」していたわけですよ。
 (新しいブログの「右も左も。」というタイトルはここから) 一時期は机に向かうのさえ苦痛だったと聞いてるけど・・・?

 ハイパーグラフィアの反対の症状で「ライターズ・ブロック」というものもある。
 こちらは、全く書けなくなる症状である。

 ・・・富樫先生、完全復活を心待ちにしておりますよ。
 

 ↓オマケ。文章の文字数が一発でわかるぞ!
http://www1.odn.ne.jp/megukuma/count.htm

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面白かったです。
こんにちは。コミックルの検索で来て「他の記事も読んで…」とあったので、拝見させていただきました(^x^)。

僕も漫画家の末席にいるような人間なんですが、左利きのせいか文字を書くの大ッ嫌いなんですよ(セリフとか描いてるとイライラしてくる)。だからのこの話はちょっと意外でした。

でも考えてみると漫画というのは作品を構成するのに「記号化」することが多いです。美術的というよりもロジカルな作業が多いです。

フランスのバンド・デシネはロクに見たことがないのですが、日本人と共通点はあるのあかな~?
mikioya 2009/05/10(Sun)10:34:09 編集
すみませんねぇ、気を使っていただいて(笑
 ありがとうございます。
 未だに「コミックルを最初に退会した人」というイメージが強くて困惑しております(笑

 ある人は「デッサンは練習次第で身に付くが色のセンスはそう上手くいかない」と言ってましたが、やはりこういう事情なのでしょうか。
 確かに色のセンスは中々身に付きにくいようにも思えます。
 ただ、ギャルゲなどが大好きな人にはデッサンより彩色のセンスに長けた人も多く見られますから、やはり「好きこそ物の上手なれ」というのは言える事なのでしょう。・・・どうやって彩色センスを身に付けたのか、教えて欲しいものです。
 記号記号とバカにする人もいますが、センスが無いと上手い記号化ができない事も確かであります。
 
 バンド・デシネについては、私もメビウスやエンキ・ビラルくらいしか知りません。しかも名前と作風くらい。一冊丸ごと読んだ事など無いです。邦訳がもっとたくさん出ればいいですが。
 メビウスは宮崎駿や大友克洋、寺田克也に影響を与えていますが、大友経由で手塚治虫にまで影響があったりします(このあたりが手塚っぽいw)。
 j.k URL 2009/05/11(Mon)00:50:42 編集
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