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 なんかね、pixivの成功に釣られて、続々と投稿型SNSが立ち上げられたり計画されたりしているそうな。
http://www.google.com/search?hl=ja&safe=off&q=%E6%8A%95%E7%A8%BF%E5%9E%8B+SNS&lr=lang_ja

 ↓個人的には、こちらのようなイラストSNSがいいなぁ。
http://www.deviantart.com/

http://ja.wikipedia.org/wiki/DeviantART(←wikipedia)
 オレがもう少し横文字が達者ならなぁ・・・。 見ろ、東方も初音ミクもカケラほどにも見当たらないぞ。
 「新着イラスト」だって、秒刻みに流れたりしない。
 小学生の描いた落描きの連投に、数日がかりで苦労して描かれた絵があっという間に流される事もない。落ち着いて絵が見られるぞ。
 ちなみに、キチンとカテゴリー分けが為されている。
 pixivで大半を占めるジャンルも、「Manga/Anime」「Anthro」「Cartoon&Comic」「FanArt」と細かく分けられているのだ。
 (MangaとComicは海外では別物扱いなのか?)
 加えて、イラストのみならず、動画や写真の投稿もOKだっ!
 (「伝統芸術」と「デジタル・アート」が別にあるのが面白い。SAIやフォトショップ、ペインターで描かれた絵は別扱いになるはずだが、正直なところ、ゴッチャである。まぁ混乱があるわけでもないので、別に気にする事でもないが)
 pixiv運営の一人が、「絵はカテゴライズできるものではない」などと「奇麗事」をうそぶいていたが、pixivとdeviantART、果たしてどちらが絵師の立場に立った絵SNSか。
 
 目の見える人ならば、一目瞭然かと思う。

 重ね重ね言うけど、自分に知識とスキルがあれば、イラストSNSをさっさと立ち上げているんだが。
 私が作るとしたら、手本はpixivではなくdeviantARTになるだろう。
 pixivはじめ、日本のこの手のSNSは、絵師ではなく、絵を描かない・絵心のないガキどもに媚びへつらいすぎるのだ。そこまでして金儲けしたいのか金の亡者ども。浅ましい心根であるなぁ(詠嘆)。
 deviantART、日本語版ができたら、絵師たちに見限られるのはpixivかも知れないぞ?
 絵師あってのイラストSNSだ。もう少し絵師の立場に立とうな、pixivさんよぉ。
 

 (追記:親切なかたから、便利なものを紹介していただきました。http://japanize.31tools.com/ 早速インストールしました。ずいぶんと敷居が低くなりましたよ、deviantART。興味がある人は、一つ試してみては?)


 (さらに追記:この記事が何だかアクセス数多いようなので、またまた念押し)
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51319994.html

http://800.nomaki.jp/to_pixiv.html

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激しく同意
激しく同意です!!! 50時間かけて完成させた作品がニーソ、縞パンの1時間玩具のオンパレードにあっけなく流されていくのがホントに空しかった…
最高のサイトを教えて頂きありがとうございます!! 
っていうかむしろ、PIXIVの閲覧数伸ばすためだけに流行アニメをパロッてる方々には吐き気がします…かなり偏見のある言い方ですが…  多分あそこからは何にも生まれない気がします
take 2009/06/05(Fri)15:29:25 編集
 地味に真面目にコツコツとがんばるより他に無いです。
 やぁ初めましてtakeさん。
 私もpixivではランキングを身を入れて見る事は無くなりました。サムネ表示される上位ランキングの絵の多くが「旬」の人気版権物の絵であり、ついでに言うと分に過ぎた過大評価の高得点が付いている事も多いのですよ。
 (私自身も版権物を多く描いていますが、ファンに媚び諂うような人気版権絵をタイミング計って描くようなみっともない真似はしていませんよ。また、ほとんどがネタ絵ですし、まず安易に人気に擦り寄るような萌えな絵でもないです。むしろファンが嫌がるような絵が多い。あ、「けいおん!」のアニメそのものは地味で真面目な、いい作品だと思います)
 もうとっくの昔にpixivは真面目な創作活動の発表の場ではなくなっています。
 「旬」の人気版権絵のみならず、あろう事か完全トレス絵(いわゆるトレパク)や、それどころか他人の絵を丸ごと無断転載して自作として発表したりと、全くの無法地帯です。
 「悪貨は良貨を駆逐する」。現状が根本的に改善されないならば、ユーザーに飽きられ見限られるのも遠い将来ではないでしょう。
 (悪しき前例としては、1950年代からそれ以後にかけてのアメリカのSFパルプ雑誌、というものがあります。ファンに媚び諂い、ただ単にテカテカした宇宙船や凶悪な異星人、獰猛な宇宙怪獣やそれに襲われる肌もあらわな美女、という「サービス」ばかりが強調された、別にSFである必然性が無いような安っぽい低級な作品、いわゆる「スペースオペラ」ばかりが粗製濫造されたため、ファンにそっぽを向かれたわけです。現代では郷愁を伴う言葉ですが、「スペースオペラ」という通称は、どれもこれもハンコを押したように没個性でありきたりで平凡な西部劇の一群を「ホースオペラ」と呼んだ事からの連想です。本来は蔑称なんですよ)

 私は、小学生が描いたと思われる絵がUPされる事自体は、懐かしさを感じて、むしろ微笑ましく見ています。(リアル小学生も多いようです)
 ただ、そのような絵が短時間に集中して連続投稿されるとなれば話は別ですが。
 言うまでも無く、数日がかりで描いた手間のかかった作品が、片手間にわずか数十分で描かれたような手抜きの絵の連投で、時間の彼方に瞬時に押し流されている、とも見える状況だからです。
 (傍目にそう見えても、果たして実際に「片手間に描いた手抜き絵」かどうかは簡単に決め付けられないのが微妙な点です。ただ、数日がかりで手間ひまかけて丹念に描いた絵、というのは何となくわかるものですが)
 
 とにかく、pixivにはあまり期待しない方が良いかとは思います。
 まぁ、人気版権物にしか興味が持てない程度の低いミーハーが大多数を占める、というのは今に始まった事でもないですが。
 そういう連中に媚び諂い擦り寄るしか能が無い「ランカー」が本物に化ける事も無いでしょう。
 真面目な人たちは地味に地道にがんばっていますよ。
 j.k URL 2009/06/05(Fri)23:26:45 編集
英雄王コナン。
j.kさん、帰ってきてくださーーい。


私はj.kさんの書く文章が大好きなのですが、時折ちょっとした反論を書きたくなるのも仕様なのかな。
>ファンに媚び諂い、ただ単にテカテカした宇宙船や凶悪な異星人、獰猛な宇宙怪獣やそれに襲われる肌もあらわな美女、という「サービス」ばかりが強調された、別にSFである必然性が無いような安っぽい低級な作品、いわゆる「スペースオペラ」ばかりが粗製濫造されたため、ファンにそっぽを向かれたわけです

・・・これは「ファンにはそれしか見向きされなかった」の間違いなのでは。
そういう逆境の中で真の傑作を生み出すのが作家の腕なのでは? 支持者たちの意に盲目的に添いつつ追随を許さぬ独自性を示すのがプロたる所以です。
j.kさんはパルプ雑誌の時代の人であるヘンリー・ライダー・ハガードとかエドガー・ライス・バローズとかアガサ・クリスティとか読んだことないのですか? すべて様式美の中から生まれる立派な芸術だと思います。芸術というのは全て凡百の中にあるただ一握りの玉石です。それを見極めるのは後世の凡百と同時代の極一部です。音楽でもモーツァルトは18世紀に生きる人ならば誰もが喝采できるような音楽の中に只一点21世紀の人間にも感嘆できるような神業のようなカラクリを仕込んでいるのですが大多数の同時代人は彼を見限ったのですし、ヨーゼフ・ハイドンは逆にパルプ手法の真髄の極みといえる仕込みを持った大傑作を多数生み出したのですが、21世紀には不当に打ち捨てられてしまっています。21世紀の現在でショスタコーヴィチとゴッホと葛飾北斎や曲亭馬琴のやり方が誰にも参考にできる類い希なる手法と考えられているのは、パルプ主義の行き詰まった最たるものではないのかと。
pixivの中にもそういうものは確実にたくさんありますよ。ただ見極めるべき物が膨大なだけで。それはパルプ雑誌の時代と同様だと思うのです。ポオはどの時代にも何人かいるのだと思う。
麁鹿火 2009/06/13(Sat)02:26:35 編集
 シュワちゃん主演で『名探偵コナン』実写映画化を希望。
 あぁ、おっしゃる通りだと思いますよ、麁鹿火さん。
 というか、ずっと以前から終始私は麁鹿火さんと同じ主張をしているのですが?
 先の文章の最後にある「真面目な人たちは地味に地道にがんばっていますよ。」というのはそういう事を言っているわけです。これは一つ前の「ランカー」云々という箇所に対応しています。
 まず私はランキングを否定してはいますが、才能ある作家の存在については全然否定していないのです。むしろ「ランキングに惑わされるな」と強調さえしています。
 点数が平均して2ケタ台の作家にも、才能豊かな人はかなりいます。それこそ、アメリカが見捨てたE・A・ポーのようにね。
 この主張は違う場所でも散々繰り返してきましたが、ここでもまた付け加えないとダメですか?(笑
 そもそも、才能ある人たちとの交流が元々あればこそ、わざわざpixivに舞い戻ったのではないですか。(pixivを観察する、という理由もありますが)
 (ヘンリー・ライダー・ハガードとあるのは、ロバート・E・ハワードの間違いでは?『洞窟の女王』は傑作ですが。キンメリア人の英雄コナンを生み出したハワードは私も好きな作家です。作品のそこかしこに漂う「根源的な悪の匂い」は親友のラヴクラフトの影響でしょうか。病気がちでひょろひょろしたラヴクラフトとガチムチな筋トレマニアのハワードが仲良かったのは面白いですね。ちなみに二人ともマザコンでした^^)
 
 パルプ雑誌については私も少し調べてみました。
 変わったところではH・G・ウェルズ(実は鋭い文明批判の評論家)やマーク・トウェイン(ユーモアで包んだ社会批判はもっと評価されるべき)、ジョゼフ・コンラッド(『闇の奥』の作家。これはF・コッポラによって『地獄の黙示録』として映画化)などの名前が見られますが、これらの作家の作品は再掲かと思われます(パルプ雑誌の黄金時代初期には作品の量が足らず、過去の作品が再掲される場合も多かった)。
 「コズミック・ホラーの造物主」ラヴクラフトや「最もノーベル文学賞に近かったSF作家」P・K・ディックがパルプ雑誌を主な発表の場にしていたのは、SFやファンタジーというジャンルが「低俗な子供だまし」としか見られていなかった当時では致し方無かったのでしょうね。
 (スウェーデン人、というかノーベル賞選考委員会が保守的で頑迷なせいで、未だにSFとミステリー作品は受賞例が無い。「数学賞」が存在しないのも有名。アーサー・C・クラークはレーダーの開発に関わった技術者、アイザック・アシモフは化学博士。決して無知無教養な輩では真面目なハードSFは書けない。クラークなどは世界で初めて通信衛星のアイディアを論文に書いている。現代でも優れたSF小説の書き手の多くが極めて知的な人物であるのは言うまでも無い。SFが本当の意味で一般向けの文学として認識されるようになったのはレイ・ブラッドベリの『火星年代記』あたりからでしょうか。ブラッドベリ自身が「高級な雑誌」の編集部に持ち込んだそうです)
 『パルプ・フィクション』というタランティーノの映画がありますが、ハードボイルドもパルプ雑誌が普及させたジャンルですね。
 (厳密にはヘミングウェイが始めた「非密着」の乾いた文体と内容がハードボイルド、という事になるらしい)
 私はあまり読んだ事がありませんが、チャンドラーの『長いお別れ』(私が初めて飲んだカクテルはギムレットでした)は「文学」としても完成度が高いと思います。(フィリップ・マーロウは意外にも文学に詳しい。セリフにもゾラへの言及がある)

 どのような芸術ジャンルに於いても真に優れた作品というものは、麁鹿火さんも言われるように、たとえ一見様式美の形を取ってはいても、高い独創性を持っているのではないでしょうか。
 アガサ・クリスティはどう読んでもパルプ雑誌に多かったハードボイルドには似ても似つかないし、それどころか『アクロイド殺人事件』や『オリエント急行殺人事件』のオチはあまりに独特すぎて、当時の読者や評論家からは「ねーよw」と激しく突っ込まれています。
 (私も同感です。あれは無いわwでも結構読んでいますよクリスティは。ポワロ役はやはりデヴィッド・スーシェが一番でしょう。中の人は熊倉さんで^^)
 「ターザンの生みの親」エドガー・ライス・バロ-ズ(個人的には「火星シリーズ」の印象が強いです。武部本一郎のデジャー・ソリスはエロいですな!山本貴嗣のも良いですな)が『火星のプリンセス』でデヴューしたのが1911年、出世作『類人猿ターザン』を書いたのが1912年です。時期的に見て、バローズがスペース・オペラや秘境小説(ハガードの方が早いか)を発明または普及させた、と考えるのが妥当ですね。 
 (大友克洋や鳥山明が人気作家になると似たような画風の作家がゾロゾロ現れました。初期の尾田栄一郎もクリソツですよ。「ONE PIECE」がかつての「ドラゴンボール」みたいに編集部の圧力でなかなか終了させてもらえない点もよく似てますなぁ^^)
 ゴッホや北斎は、私からすればワン・アンド・オンリーに見えます。ヒマワリをゴッホみたいに描いた人は他にいないですし、波濤を北斎のように描いた人もいません。
 滝沢馬琴は『南総里見八犬伝』で有名ですが、あれほどのスケールで小説を書いた作家って当時の日本に他にいましたっけ?
 モーツァルトは当時大変な売れっ子ミュージシャンで、現代の日本で例えると落ちぶれる前の小室哲哉のようだった、と聞いています(浪費癖もソックリ。嫁は小室の方が恵まれているようですが)。まぁ両者の才能は天と地ほど開きがありますが(笑
 (弟子だった「ルードウィヒ・B」ベートーヴェンの方がアイディアマンだった、と糸井重里が言ってました。ベートーヴェンの方がネタ繰りに時間をかける人だったそうですが。ジャズで言うと「インプロヴィゼーションの神」チャーリー・パーカーがモーツァルト、「理論家」マイルス・デイヴィスがベートーヴェンに相当するかと)
 ただ、現在の「J-POP」(爆笑)をとことんつまらなくしたA級戦犯の一人が小室だ、という意見をよく聞きます。(私は彼の楽曲を素晴らしいと思った事が一度も無いんですよ。どの曲もコード進行が似たり寄ったりで退屈です。案の定、彼を高く評価する人ほど普段聴いている音楽のレヴェルも低いです)
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51382001.html
 演歌が飽きられたのも同様の理由から。演歌もどの歌手どの曲も没個性でまるでハンコ。(歌謡曲って時代を遡るほど個性的な歌手・楽曲が多いと思いませんか?)
 J-POP(爆笑)にしろ演歌にしろ、耳辺りが良くて「生理的」に気持ちよい、カラオケでも歌いやすく、しかしほんの少しだけ歌うのが難しい部分を設けて変化をつける、といった万人向けの最大公約数に従い、似たり寄ったりの楽曲を粗製濫造してきました。
 これじゃ世間から飽きられて当たり前、こんな非創造的で楽な仕事をしてて愛想を尽かされないはずが無いんですよ。近年CD、特に新作CDが売れない、とよく言われますが、CDではなく楽曲が売れなくなった、という面も少なからずあるはずです。
 一時期、私は萌え系のマンガやアニメを糾弾していましたが、これはその質よりは量について問題としていたのです。あまりにも多すぎますからね。ネコも杓子も萌え。
http://anond.hatelabo.jp/20081118225445
 しかし萌え系に分類される作品にもいいものはあります。(私がずいぶん前から使っているプロフ画からして萌え系ですよ。あのネコみたいなオレンジ色の変な生き物は『あずまんが大王』に登場する「ちよ父」なる「キャラ」です。アニメではアナゴさんが中の人でした)
 が、決してその数は多くは無いようです。もう何だか食傷気味。
 いずれにしても、「J-POP」(爆笑)や萌え系にしろ、後世に残るものには必ず高い独創性、大きな「+α」があるものだと思いますよ。
 ・・・残るものは多くは無いでしょうが。

 「調性」の束縛からの解放を目指した「無調音楽」を創造したのはシェーンベルクで、それを発展させたのがヴェーベルンですが、これを受け継ぎ「現代の音楽」(「現代音楽」ではない事に注目!)として一般化させたのがジャズです。
 (「コンテンポラリー・ミュージック」って直訳すると「現代音楽」なんですよねぇ・・・。ってジョン・ケージや武満徹なんかもそうなのか?)
 (麁鹿火さんもクラシックばかり聴いてないでジャズも聴きましょうよ!偏見は良くありませんよ^^最近私はラフマニノフを聴く事が多いですが)
 が、「バード」チャーリー・パーカーのビ・バップ(パーカー自身はその超絶技巧の演奏技術に頼り、あくまで調性の中での「自由」にこだわった)やその「直弟子」(?)マイルス・デイヴィス(マイルスはむしろ少ない音数をよく選んで演奏)のクール・ジャズ(より具体的にはモード奏法)、「孤高の天才」オーネット・コールマンのハーモロディック理論と、1950年代以降のジャズは大衆向けではなく、少数のインテリが聴く高尚な音楽と「されて」しまいました。
 (オーネットはインタヴューでシェーンベルクやヴェーベルンからの影響について聞かれたが、彼はジャクソン・ポロックの作品からインスピレーションを得たらしい)
 (寺島靖国という性格に問題のある狭量で間口の狭いジャズ評論家がいますが、アヴァンギャルド・ジャズをくそみそにこき下ろし、スタンダード・ジャズばかりをもてはやすその偏った姿勢こそが彼の言う「粋な」態度からもっともかけ離れているのではないでしょうか。スタンダードにばかりしがみ付き進歩を拒絶し、下手すればオリジナリティを嫌う事さえあるその主張は、どこかオリジナル絵師を「誰得絵師」呼ばわりする版権画像乞食のROM専ミーハーヲタに通じる気質さえ感じられます。作家=アーティストは職人=アルチザンじゃないぞ。進歩こそがジャズの本質ですが、数十年もジャズを聴き続けながらよくもまぁその事実に気づかないものだと呆れてしまいます。そもそも「粋」を声高に叫ぶのが一番「無粋」ですよ。いいものはジャンルを問わずいいものです。サッチモであろうがジョン・ゾーンであろうが。ちなみに私はミーハーと罵られてもやっぱアート・ペッパーも大好きだったりします^^オーネットファンが同時にアート・ペッパーファンでも一向に構わないと思うんですよ)
 何でもそうですが、高度になり洗練されると「高尚」なものと見なされ、高いところへと敬遠されるようです。いつの時代でも大衆は自分のレヴェルを上げる努力を怠り、罵倒して貶めるか、それとも高いところへと追放して自分とは無関係にしてしまう。
 これってクラシックファンの麁鹿火さんには痛いほどよくわかる事だと思います。
 休みの日にはベートーヴェンなんかもいいものですけどね(ワーグナーは大変かも知れないけど^^)。でも世間の人の多くはエイ○ックスのミュージシャンなどを愛好するんですよ・・・。
 だから優れた作家・知的な人物も適当にバカを装う必要があるわけです。敬遠されて社会的に孤立しないためにね。(カラヤンは生前によく「商売人」と陰口を叩かれましたが、ひょっとして彼なりにクラシック音楽の普及に努力していたのではあるまいか)
 
 若い人ほど数字など上辺の「評価」に頼りがちですが、ある意味この世で一番当てにならないのが数字です。数字は正当性を強調するために濫用されますが、この数字自体が容易に操作され得るものだからややこしい。
 ミュージシャンや俳優のメディア露出及び評価も事務所の「力」に依るところが大ですし(私には浜崎あゆみや中島美嘉のどこがいいのかさっぱりわからない)、pixivのランキングにしろ「信者票」や「友達票」という気持ち悪い要素があります。そもそも点数そのものが複数の副垢を使った自演評価でかなり操作できるものです。(これはもちろん違法行為です。大体そんな反則までしてランクインして何が嬉しいのか)
 たやすく人の意見に左右されやすい中高生には、ぜひとも独力で物事の本質・真価を見極められる眼力を養ってもらいたいものですね。
 ・・・いや、いい歳をした大人にも、自前の批判能力を持たない人は少なくないようですが・・・。
 j.k URL 2009/06/14(Sun)13:29:31 編集
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 王様の耳はロバの耳。そうハッキリ言う人です。
 王様は裸だ。そうハッキリ言います。
 王妃様も裸だ、とは言いません。うぇっへっへ。
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