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 自分に一番足りないのは、絵を描く事そのものを楽しむ、という、そんな気持ちだと思う。
 pixivで色んな人の絵を見るのだけれど、画想つまり絵のアイディアとしてはさほどスゴイ人をあまり見ないのですよ。何気ない構図何気ない色使い何気ない動作何気ない表情・・・。何一つ驚くべき技など使われていない。
 ただ、絵としてはそれがうまくまとまっており、一つの絵として、それなりの完成度を持っているのだ。
 
 私はアイディアの段階で「これではダメだ!」と多くをはねてしまう。
 多くの上手い絵師は、はねない。そのまま描いてしまう。そして描き上げてしまう。描きたくてたまらないのだろう。
 あぁ、自分にも、「描きたくてたまらない」という、そんな気持ちがあれば。
 白状すると、pixivに上がっている自分の絵のほとんどは、さほど身を入れて描かれたものではない。
 無理やりかじりつき、何とか側坐核を刺激して、強制的にドーパミンを分泌させて描いたものが多い。
 (ごく一部の、描いてて楽しかった絵に得点が多く付いているようだ。お絵かき掲示板で描いた絵が一番高得点だなんて、やはり変だよな)

 画狂人、葛飾北斎。 古くは葛飾北斎、近いところでは寺田克也と、世間には四六時中、絵の事だけを考え続ける人がいるらしい。
 北斎などは自ら「画狂人」と称した。
 絵師として売れない頃は、飯を食べ終わった茶碗を洗ってそのまま筆洗として使っていたそうな。
 わさび売りなどをして生計を立てていたそうだが、街中で面白い形、色を見かけるとそのまま固まり、真剣な眼差しでスケッチに取り掛かったという。(かなり多くのスケッチが現存している)
 身長180センチといえば江戸時代では飛び抜けて長身、それも巨人といってもいい身長である。
 そのような大男が怖い顔して絵など描いているものだから、わさびはちっとも売れなかった。
 
 鶴見俊輔が言うには「不幸な時期は本ばかり読んでいた」のだと。
 水木しげるも同様で、出征前は哲学書ばかり読んでいたそうで、その時代は同じ事を感じている者が多かったのか、やたら哲学書が売れていた。
 私の場合は読むのではなく、やたら書く方が多いのだが、これとて自分が読むために書いているようなものである。文章にすれば、自分の感じている事考えている事が、整理されて「読める」からだ。少しすっきりする。
 要するに、「自分」を読んでいるようなものだ。

 不幸は嫌なものだ。未来が見えず、楽しい事も無いのは辛い事だ。
 人生あまりいい事が無く、誰からも愛されずほめられない年月が続くと、何かいい事がありそうでも、期待など全然湧かず、下手すれば新しい不幸につながりはしないか、と漠然と心配になったりする。
 私に好意を寄せてくれる女性がいる。
 話題が豊富で発想が面白く、また時々落ち込んだり色々考え込んだりする性格がチャーミングである。
 ネット上で知り合い、近々実際に会う事になった。
 仕事で色んな人と会い、会話を交わす事も多いが、それは必要な情報交換であり、お互いを一個の人間として認め合い受け入れあった上での「対話」とは言えない。相手も私も、用さえ足せれば、別にAさんであろうがBさんであろうがこだわらない。人としての個性・性格など無用なのだ。
 ネットにはまる人の多くは、職場や学校または下手をすれば家族・友人とも血の通った、人と人との会話に縁が薄いのかも知れない。
 人付き合いが多くとも、人として付き合ってるとは限らない。だからそれをネットに求めるのだ。
 記事が充実し文章が面白い人ほど、一人暮らしだったりする。(反対に幸せな家族の一員ほど、退屈でつまらない記事を書く。誰が見ず知らずの人の赤ん坊の写真なんか見て喜ぶかよ)
 私もあまり現実社会での「人と人との」会話にはあまり縁が無い。だから自分を一個の人間として認め、受け入れようという人間が現れ、実際に顔を合わせようという事になると正直、不安になる。
 また、あまり幸せな出会いが無く、不幸な人間同士がかち合ったようなケースが何度も続くと、自分も相手を不幸にするのではないか、とも考えてしまう。(冷静に考えると、私と付き合って目に見える形で得をする人などいない、という事がわかるが)
 一人でいる時期が長いと、変化を好まなくなるのだ。楽である事は確かだからね、幸せでなくとも。

 青い鳥。 その人と会えば、少なくとも現実社会では一人ではなくなる。
 社会や組織のパーツの一つとしてではなく、人と人とのつながりが出来るからだ。
 家族や友達、恋人と一緒にすごした時の、楽しくて楽しくてたまらない気分、そういうものがまた取り戻せるのだろうか。現実の境遇は不幸なままでも。
 そうすれば、創作そのものも楽しくなるのだろうか。
 今ぶつかっている(もう何年も続いている)壁は崩せるのだろうか。 
 幸せな人の書く退屈でつまらない記事。
 つまり本当に幸せな人は、つまらない物をこしらえるのかも知れない。
 だとすれば、すばらしい創作物を作る源泉は不幸、という事なのだろうか。
 だがやはり、創作している時の気持ちは、楽しいに違いない。作ったものを見ればわかる。
 私は久しく、「楽しくてたまらない」という気分を知らない。
 それさえ取り戻せたら、一度に幸せにはなれずとも、少なくとも楽しい気分で、創作に取り掛かれるようになるだろうか。

 数年ぶりの、本当の意味での人間関係。
 新しい友達に、期待してもいいのだろうか。期待されてもいいのだろうか。
 
  

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画狂人
こんにちは、j・kさん。

 画狂人・北斎は全体的に面白いエピソードが多いですね。彼の描いた「女波・男波」の絵には、どうみても「天使」に見える子供の絵が描かれており、「反・権力主義を表現したのでは?(※当時の日本は鎖国中で西洋風のモチーフはご法度)」と言う説もあります。又、一日一枚、余りにも貧乏な生活だった故か「仏様の絵を仕上げる癖があった」とも言います。同様に、歩いている最中も不安になると頻繁に念仏を唱えたとか…(※初期のアーティストジャパンと言う雑誌に載っていました)。180cmの巨体とは知りませんでしたが…思ったより繊細な人だったのかもしれません。
OWL 2008/08/29(Fri)15:04:56 編集
無題
 あぁ、ありがとうございます。
 j.k 2008/08/30(Sat)15:59:47 編集
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