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 おはようございます。深夜早朝にもかかわらず、アクセスが伸びてるねぇ(笑 ご苦労様です。
 眠る事も忘れて、そんなに私が呻吟しもがき苦しむ様を眺めるのが楽しいんですか?(笑
 (水曜日は早起きです。空き缶の回収がある日なんだが、アルミ缶を集めている人のために集積場に缶を出すためなんですよ。どうも出す時間は早い目の方がありがたいらしい。あの人たちは市内を広く回っているそうだから)

 バーナード・ショーの戯曲に、「この世は実は地獄なんじゃないか。人は前世の罪の報いを受けるために苦しみ多いこの世に転生したのではないか?」という意味のセリフがあるそうだ。
 あの世、というと源信やダンテのそれが有名だけど、子供の頃ふと疑問に思う事があった。
 ずっと苦痛を与え続ければ亡者の方にも耐性ができて慣れてしまうんではないか?
 おそらくは時々「休み時間」があるに違いない。午前9時就業で10時、正午、15時に休憩があり、10時・15時の小休止には笑顔の可愛い美人の鬼がお茶と(もらいものの、または手作りの)お菓子を出してくれる。17時には定時で終業、後は鬼と亡者が仲良く居酒屋で飲みカラオケで歌うんだろう。(定職に漏れなく就職できる分、この世より居心地が良いかも知れない。完全失業率0%ですよ) 何が責め苦かって、そりゃあ営業ノルマの達成っすよ。できなきゃ草深い地方の支社・営業所に左遷、下手すりゃリストラ^^(でも責め苦が義務だから完全失業だけは無いと思うぞ)。
 中世の時代に比べれば社会はずいぶん変わった。地獄もずいぶん変わった事だろう。
 今自分が居る場所についての認識も、苦痛への耐性に無関係ではないだろう。「自分は地獄に落とされたのだ」と明確に境遇への理解がある者と、「何で自分がこんなに苦しい目に会わなければならないのか」と人生に対する疑問を抱え煩悶する者とでは、さてどちらが苦しみが大きいだろう。
 私が閻魔大王ならば、やはり亡者がなぜ苦しみ続けねばならないのか、理解できないように巧妙に地獄を「この世」として偽装する。そして亡者に己が罪についてつらつらと考えさせるだろう。
 だが地獄というものは刑務所のような矯正施設ではないらしい。矯正施設ならばそのようなプログラムが全く見当たらないはずが無く、ただただ苦痛を与えるだけの場所であるはずも無いからだ。(言うまでも無く死刑制度は無い。だが浄玻璃の鏡で生前の罪状を見せ付けられたくらいで人は納得して裁きを受けるだろうか。そのような亡者なら良心の呵責と罪の意識がまず裁きとなるだろうし、そもそも地獄に落ちるはずが無いだろう?)
 「この世」からして、なぜ自分が苦しみ続けねばならないのか理解できないのに、「あの世」が「この世」に比べてマシである必要など更々無い。

 古代ギリシャ人の考えた地獄の一つに、水も食べ物も手の届く所にあるのに、近づくと清らかな小川は遠ざかり、果実がたわわに実った樹の枝は高く持ち上がる、というものがある。
 亡者の喉は渇き、空腹が満たされる事も無いのに、死ぬ事もできないのだ。死んでいるんだから。
 あの頃、友人たちや心の底から愛していた恋人は何百キロもの彼方に居り、お金も時間も無い私は会う事さえ適わなかった。
 誤解し冷たい目で見る社会に居場所を求めるために努力をしたが、才能が評価される事も無かった。
 代わりに与えられたのは子供の頃から大嫌いだった両親、身体の自由が利かなくなった両親の介護、という「役割」だった。(多分今でも大人用の紙おむつを取り替えるのは巧いと思う)
 それでも、日に日に心も身体も悪くなっていく連中の状態を少しでもマシにしようと、どれだけ骨を折った事だろう。(ウソではない。あの頃、私に与えられた数少ない人間関係が主に彼らだったからだ)
 「理解力に乏しい劣悪な知性の持ち主は人格でも大きく劣る」という残酷だが冷徹な真理を「あらためて」痛感させられたのはあの時期だった。
 『ハトのおよめさん』というギャグマンガがあるが、その登場人物の一人、年取った猿のセリフに「動物は歩けなくなったらおしまいだ」というのがあった。ウチの両親は人間らしいところは少しも無く、あるのはただ自己憐憫だけだった。介護する側も大変なんだぞ。外見だけでも人間に生まれついてよかったな。・・・それでも親類縁者や近所はほとんど助けてもくれなかったけどな。
 (母親は寝たきりの上にアルツハイマーまで併発して昼も夜も区別がつかず、深夜によく大声を出した。もう自分が何だかわからない者を黙らせるには殴るより他無いんだぞ)
 両親がさんざん私を苦しめてから逝って何年も経つが、あの時期に比べればずいぶん楽になったが、相変わらず私は一人ですよ。友達も恋人も居ないよ。もう自前の家族も作れないよ。貧乏だからね、相応の地位や名誉や財産が手に入る見込みもほとんど無いからね。一匹のメスネコだけが家族だよ。

 昔、友達が、ある車椅子生活者の事を話してくれた。
 その身障者は下半身不随で歩けないというだけで、知能そのものはむしろ高い人なのだが、自動販売機でドリンクを買う時に時々不愉快な思いをさせられるらしい。
 親切のつもりで代わりにドリンクを買ってやろう、という申し出が時々あるのだが、その時の先方の態度が、まるで幼児をあやす大人のようなものだというのだ。
 ムッとして「自分でできるよ」と言って申し出を断るとやっと「大の大人を子ども扱いする」という自分の誤りに気付いて申しわけ無さそうにする人もあるが、頭の悪い者だと自分のした事は棚に上げて不愉快そうな表情になるらしい。
 困っている人を助ける時は、決して上から目線になってはいけない。彼らにも一個の独立した自我、立派な人格があり、困っているからといって幼児期に退行しているわけではないのだ。
 優しく親切にしているつもりが、上から目線になっていないか?困っている人を見て知らず知らずのうちに卑しく汚らしい優越感に浸ってないか?
 (24時間テレビの募金に郵便局や銀行を利用する人も多いが、小銭を入れた空き瓶が洗われておらず硬貨が腐ったジュースでベトベトしていたり、酷いのになると1円玉に「メッセージ」とやらを書き込む輩も居るらしい。「行為自体は困っている人を助けたい、という非常に崇高なもの人間らしい優しさに満ち溢れたものですが、できればそれを扱う人間の事も考えてくださるとありがたいです」との事だそうだ。相手の事もろくに考えずに、ただ「親切で優しい自分」に酔い痴れたいだけなんじゃないの?と考えるのはちょっと「下衆の勘繰り」かな?立派な大人なら空き瓶を洗わないとどうなるかぐらい、普通に気配れると思うんだが?通貨に字を書くと違法になる事もね)
 本当の意味で人に優しく親切にするのはとても大変なんだが、困っている相手・救いを求めている相手も一人の人間、一個の人格の持ち主である事を忘れないで欲しい。
 見下されて親切にされるのって、施された方はとても惨めな気分になるんだぞ。
 

【ニコニコ動画】妹が作った痛い RPG「処女姉妹」
 (高橋邦子さんは結構苦労人ではないだろうか。そんな気がする)

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