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 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
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 相変わらず馬力が上がりませんよ。何つうか、意識のレヴェルが上がらないんですよ。
 だから簡単な暗算もできないし何かの作業にも集中できない。
 神経の真ん中の部分がグダグダのグズグズになってちっとも緊張してくれない。というかほぐれてほしい緊張がちっともほぐれなくて疲れが取れないのに、いざ集中しようにも意識が逸れてしまう。厄介な状態です。
 リフレッシュしようにもやり方もわからない。というかやる気も起きない。しんどいです。
 とりあえずリハビリのために絵は描いていますよ。他にやる事も思い浮かばないし。
http://hillmama.blog37.fc2.com/blog-entry-51.html

 人間の心はおおまかに「気質」と「性格」に分かれる、というのをご存知だろうか。
 「性格」は生まれ育った環境や現在置かれている社会的ポジション・境遇に影響されて形作られた部分。
 「気質」は先天的な傾向、つまり遺伝子によって親から子へ代々受け継がれてきた生まれつきの形質を指す。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%A0%BC
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97%E8%B3%AA
 世間ではよく「自分を変える」とか自己啓発とか言ってるじゃないですか。これって主に「性格」の部分を変える事を言ってるんですよ。遺伝子まで変えるのは技術的にも倫理的にも難しいと思うし。

 私は絵が大好きなんですよ。これは断言できる。人の絵を見るのも大好きで、古代遺跡の壁画から最近のアニメ絵まで絵と名の付くものには何でもいつでも興味がある。写真だって大好きです。
 だが、自分がいざ描こうとすると途中で止まってしまう事が多い。下描きを終えた段階で一杯一杯になってしまうんですよ。こういう点を改めたいと思うんだけど、これって性格なのか気質なのか?
 構図とかポーズとか表情やコスチュームならポンポン思い浮かぶんだけど、未だに彩色の段階になるとグンニャリするんですよ。やる前からくたびれた気分になる。
 もしこれが生まれつきの傾向ではなく、習慣化した性格ならば変える事もできるんだけど(特に彩色に関してほめられた事が無いからね)、何か努力が一向に報われてない気がする。だんだん疲れてきました。
 いくら描いても誰も評価してくれないのもさびしいものです。評価が無いのに描くのってただの自己満足、醜いオナニー行為だもんなぁ。私の場合、それもただ苦痛しかないオナニー。
 pixivで毎週何作も、それこそ毎日のように、クオリティが劣化しようがマンネリ化しようがお構い無しに絵を投稿する人が居ます。これって、絵を描くのが好きというのもあるかも知れないけど、中にはあからさまに疲れが見える絵もあり、これは決して少なくない。こういう人はトップランカーに多く、世間からの賞賛に中毒しているのだと思う。(旬の版権に媚びへつらったりランキングをできるだけ多く取るため投稿時間を狙ったりと、痛いほどの「営業努力」が目立つ人も居るのだ)
 禁断症状に追いかけられて描く絵も多いのではないか。でもその気持ちは痛いほどよくわかりますよ。
 ただ手が遅い人間の場合、ようやっと描き上げた絵にまるで評価が無いと、落ち込みの方も大きい。
 ほめてくれる人が居るから、もしくは「待っていてくれる人」がいるから、という励みは大きい。そういうのが無いからよくわかりますよ。
 版権にこびる事無く(受けても絵では無く元ネタが受けてるだけ)、流行のスタイルに擦り寄る事無く(平べったい萌え絵のどこがいいのかわからんよ)、ひたすら我が道を行くというのは、平原のフリーウェイを猛スピードで驀進するとは限らない。
 その道は重い荷物を背負って登る、霧の立ち込めた険しい山道かも知れない。
 結局は「なぜ描くのが苦痛になるのか」、世間から無視黙殺されて虚しいからか、それとも本当は絵が好きじゃないからか、今の私にはよくわからないのである。苦しい暗中模索はまだまだ続く。

 ちなみにうちの両親の遺伝情報がダイレクトに受け継がれているとしたら私の将来は絶望的と見た方がいい。それぐらいに酷い連中でしたよ、うちの両親は。親は子をいじれるが子は親をいじれないからなぁ。
 ただ二人揃って絵も文章も嗜まなかったし、まず国語力も美術的素養も壊滅的に欠落していた。加えて音楽センスも皆無と言っていいほど無かった。こういう特徴は私独特のものである。全く親に似ていない。
(私の演歌嫌いは父親に対する反発もある。ま、演歌もJポップに先駆けてマンネリ・ワンパターンで堕落しきった音楽だけどね。音楽センスが欠片にも無いカラオケ好きなド素人に媚びへつらった結果ですよ。昨今の萌え文化も似たようなもんだがね)
 隔世遺伝で先祖の誰かの形質が自分に伝わって発現した、とも考えたけど、文章や絵や音楽を好む気質が劣性遺伝子によるものとも考えにくく(代々学者の家系とか音楽好きの一族とか居るじゃないですか)、おそらくは自分一代で終わる気質(性格とは考えにくい。どう見てもうちの両親からの影響ではないからだ)だと思う。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%94%E4%B8%96%E9%81%BA%E4%BC%9D
 私が自分に似た子供を持とうとしたら(世の親の多くが自分に似た子を望むものである)、よほどその点で高い資質を持つ配偶者を選ばないとやばいのである。それこそ隔世遺伝でジジィによく似た子供でもできたら年中ケンカばかり(しかも真性の憎悪による)する破目になる。
 今のところ文章や絵を好む傾向が変化する兆しは無い。この状態は多分一生続くかと思う。
 …という事は、親にまるで似ない私の気質は突然変異か。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%81%E7%84%B6%E5%A4%89%E7%95%B0
 先天的とはいえ突然変異による形質は子の代に確実に伝えられるとは限らないらしい。一代限りで終わる恐れも多いのである。
 今のところ結婚できる可能性はごく低く、子供を作れる可能性はさらに低い。出来の悪い我が子に悩まされる心配はまず無い(笑
 よしんば人の親になれるとしても(自分の遺伝子を後世に残すとしても)、素直に喜べないのは全く悲しい事だなぁ。
 私が自分の遺伝子を残す事については、どう転んでも何がしかの困難が伴う。
 だから私は遺伝子(ゲノム)ではなく、せめて絵などの創作(ミーム)を残す事に執着する事になるのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%A0
 ゲノムもミームも両方残す事ができる人もたくさん居るが、そういうあなたたち、神様に感謝するべきですよ。
 ・・・どちらも残す事が中々適わない不幸な人間が、一人ここに居ますからね。

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 今年ももう残すところ2日を切りましたね。
 テラフォーミング大掃除もホコリや汚れの除去はかなり進んでいるのですが、一向に片付いた印象が無いのはやはり物が多すぎるせいか。

 今年もいい事なんてなかったなぁ。とうとう芽も出ずじまいでしたよ。(お友達票すら無いなんて・・・ねぇ?)
 やはり無駄な努力か、やはり自分に才能なんて無いのか(薄々気づいてはいるけど)、等々、鎌首をもたげる失意と絶望、苛立ちと不安をなだめすかしごまかしごまかし頑張ってはいるけれど、こういうのって疲れます。
 一流とは言いがたい腕前かも知れないが、微妙に進歩と成長はあるように思うんですよ。自分で言うのも何ですけど。というか創意工夫は忘れない。
 でも世間の反応が極めて薄い、というのは、「いい絵」ではないと評価された、という事だ。
 
 でも他に自分を表現する方法というのを私は知らない。いつ来るかわからない朝を信じて、とりあえず食いついてしがみついてがんばるしか道は無いのです。その道は当然夜道です。迷いやすいのです。
 もうダメかも知れんなぁ、と思ってはいても、とにかく歩いていれば先に進める。他に方法は無いし。
 努力というのはそういうものかも知れませんね。輝く未来に向かって猛進するのではなく、足元も定かではない暗い夜道を探りながらそぞろ歩く。もはや苦行と言うべきか。
 楽しみながら続ける努力なんて努力じゃないですよ。
 


 来年はいい年になるといいなぁ。来年こそもどうぞよろしく。 

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 もう12月ですな。一ヶ月に記事が一ケタしか無いのもさびしいので埋めますよ。

 ホント、評価されるのも愛されるのも難しいですな。
 ここんところアクセス数が激減しておりますよ。
 愛されるにしては私は(他人の目から見て)めんどくさいキャラをしているようだし、評価されるにしても同様かと思う。
 世間に媚びへつらうのも嫌だし、そもそもそんな事をすれば真剣に向き合ってくれる人に対して失礼かと思う。見え透いた作意があるのは誠実な態度とは言えない。
 いや・・・媚びへつらった事が無い、とは言い切れないんですけどね。そういう作為が通用する相手・状況が無いとも言えないのですよ。
 相手の振ってくる話題の内容および話題の展開が幼稚でも、気を使って相手に合わせる事が私には結構多いのですよ。
 (江戸川乱歩とラヴクラフトを同列に扱うのって、かなりおかしいだろ。乱歩はなるほど、着眼点とアイディアはすばらしいが、それを練ったり寝かしたり高めたり深めたりできる知性に欠けている作家なんですよ。知的馬力と言うものが全く足りない、ただ思いつきだけで作品を書いている三流作家です。だから長編シリーズになるとたちまち馬脚を現す事になる。二十面相はアルセーヌ・ルパン、少年探偵団はホームズからのパクリだし、二十面相などは作品によってキャラに大きなブレがある。殺人嫌いの義賊を気取ってるかと思えば簡単にピストル取り出したりするし。人物造形も類型的で彫りが浅くてつまらない。ラヴクラフトも文章力その他で欠点も多いけど、少なくとも小説家、文学者としては乱歩より格段に上ですよ)
 ・・・結局、媚びへつらってもすれ違いが増え大きくなり、いずれは破綻をきたすものです。
 もう媚びへつらうのはやめようと思います。

 かと言って、東京あたりに時々見かけるような、やたら居丈高で高慢で高圧的な態度の食べ物店みたいなのもいかがなものか。「俺様直々の料理を食わせてやるから金払いな!」などというのは言語道断だろう。
 (「行列が出来る」云々とかいってちょっとマスコミに取り上げられたくらいで舞い上がってるラーメン屋とかね。バカじゃなかろか)
 こういう頭悪い勘違いした態度はむしろ自信が無い輩に多いような気がする。
 自信が無いから偉そうな態度で接客するんじゃないの?と疑われても仕方が無い。
 礼儀正しい人、礼節を重んじる人と言うのは常に同様の姿勢を相手に求めているものだ。腕に自信があるからこそ、お客にも真剣に味わってもらいたい。だから腰を低くして「味わっていただく」のである。
 客商売だからお客に礼儀を強制するわけには行かないから、居住まいを正して接客をする事で、遠巻きにお客に礼儀を要求しているわけだ。
 バカではないお客なら接客態度がしっかりした店の空気に程よく心地よい緊張を嗅ぎ取り、仕事への熱意と誠実さを感じ取る事だろう。そういう空気の店は間違いなく仕事に対する取り組み方が真摯であり、また、だからこそ道を追求して止まない者のみが持ち得る奥床しさ・謙虚さも態度に表れるのだ。
 山口瞳だったか、司馬遼太郎との対談で「関西の店は客にへりくだってばかりで気持ち悪い」などと自分の愚かさをさらけ出すような発言をしてたけど、自信があるからこそ謙虚で腰が低いのだ。
 そもそも、腕が立つ上に聡明な武士だって礼儀にうるさいじゃないか。「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」。
 ヤクザだって仁義にはやかましいぞ。真摯な者は業界を問わず謙虚なんだよ。
 謙虚でない料理人が作る料理には、どこか傲慢な味がするものです。
 媚びへつらうのと謙虚なのは全く似て非なるものですよ。

 ・・・もっとも、店に無理難題を吹っかけたりあまりに礼儀を欠く態度を取ったりする「お客様」には、早々にお引取り願ってますが。
 他のお客様の迷惑になりますから。

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 おはようございます。深夜早朝にもかかわらず、アクセスが伸びてるねぇ(笑 ご苦労様です。
 眠る事も忘れて、そんなに私が呻吟しもがき苦しむ様を眺めるのが楽しいんですか?(笑
 (水曜日は早起きです。空き缶の回収がある日なんだが、アルミ缶を集めている人のために集積場に缶を出すためなんですよ。どうも出す時間は早い目の方がありがたいらしい。あの人たちは市内を広く回っているそうだから)

 バーナード・ショーの戯曲に、「この世は実は地獄なんじゃないか。人は前世の罪の報いを受けるために苦しみ多いこの世に転生したのではないか?」という意味のセリフがあるそうだ。
 あの世、というと源信やダンテのそれが有名だけど、子供の頃ふと疑問に思う事があった。
 ずっと苦痛を与え続ければ亡者の方にも耐性ができて慣れてしまうんではないか?
 おそらくは時々「休み時間」があるに違いない。午前9時就業で10時、正午、15時に休憩があり、10時・15時の小休止には笑顔の可愛い美人の鬼がお茶と(もらいものの、または手作りの)お菓子を出してくれる。17時には定時で終業、後は鬼と亡者が仲良く居酒屋で飲みカラオケで歌うんだろう。(定職に漏れなく就職できる分、この世より居心地が良いかも知れない。完全失業率0%ですよ) 何が責め苦かって、そりゃあ営業ノルマの達成っすよ。できなきゃ草深い地方の支社・営業所に左遷、下手すりゃリストラ^^(でも責め苦が義務だから完全失業だけは無いと思うぞ)。
 中世の時代に比べれば社会はずいぶん変わった。地獄もずいぶん変わった事だろう。
 今自分が居る場所についての認識も、苦痛への耐性に無関係ではないだろう。「自分は地獄に落とされたのだ」と明確に境遇への理解がある者と、「何で自分がこんなに苦しい目に会わなければならないのか」と人生に対する疑問を抱え煩悶する者とでは、さてどちらが苦しみが大きいだろう。
 私が閻魔大王ならば、やはり亡者がなぜ苦しみ続けねばならないのか、理解できないように巧妙に地獄を「この世」として偽装する。そして亡者に己が罪についてつらつらと考えさせるだろう。
 だが地獄というものは刑務所のような矯正施設ではないらしい。矯正施設ならばそのようなプログラムが全く見当たらないはずが無く、ただただ苦痛を与えるだけの場所であるはずも無いからだ。(言うまでも無く死刑制度は無い。だが浄玻璃の鏡で生前の罪状を見せ付けられたくらいで人は納得して裁きを受けるだろうか。そのような亡者なら良心の呵責と罪の意識がまず裁きとなるだろうし、そもそも地獄に落ちるはずが無いだろう?)
 「この世」からして、なぜ自分が苦しみ続けねばならないのか理解できないのに、「あの世」が「この世」に比べてマシである必要など更々無い。

 古代ギリシャ人の考えた地獄の一つに、水も食べ物も手の届く所にあるのに、近づくと清らかな小川は遠ざかり、果実がたわわに実った樹の枝は高く持ち上がる、というものがある。
 亡者の喉は渇き、空腹が満たされる事も無いのに、死ぬ事もできないのだ。死んでいるんだから。
 あの頃、友人たちや心の底から愛していた恋人は何百キロもの彼方に居り、お金も時間も無い私は会う事さえ適わなかった。
 誤解し冷たい目で見る社会に居場所を求めるために努力をしたが、才能が評価される事も無かった。
 代わりに与えられたのは子供の頃から大嫌いだった両親、身体の自由が利かなくなった両親の介護、という「役割」だった。(多分今でも大人用の紙おむつを取り替えるのは巧いと思う)
 それでも、日に日に心も身体も悪くなっていく連中の状態を少しでもマシにしようと、どれだけ骨を折った事だろう。(ウソではない。あの頃、私に与えられた数少ない人間関係が主に彼らだったからだ)
 「理解力に乏しい劣悪な知性の持ち主は人格でも大きく劣る」という残酷だが冷徹な真理を「あらためて」痛感させられたのはあの時期だった。
 『ハトのおよめさん』というギャグマンガがあるが、その登場人物の一人、年取った猿のセリフに「動物は歩けなくなったらおしまいだ」というのがあった。ウチの両親は人間らしいところは少しも無く、あるのはただ自己憐憫だけだった。介護する側も大変なんだぞ。外見だけでも人間に生まれついてよかったな。・・・それでも親類縁者や近所はほとんど助けてもくれなかったけどな。
 (母親は寝たきりの上にアルツハイマーまで併発して昼も夜も区別がつかず、深夜によく大声を出した。もう自分が何だかわからない者を黙らせるには殴るより他無いんだぞ)
 両親がさんざん私を苦しめてから逝って何年も経つが、あの時期に比べればずいぶん楽になったが、相変わらず私は一人ですよ。友達も恋人も居ないよ。もう自前の家族も作れないよ。貧乏だからね、相応の地位や名誉や財産が手に入る見込みもほとんど無いからね。一匹のメスネコだけが家族だよ。

 昔、友達が、ある車椅子生活者の事を話してくれた。
 その身障者は下半身不随で歩けないというだけで、知能そのものはむしろ高い人なのだが、自動販売機でドリンクを買う時に時々不愉快な思いをさせられるらしい。
 親切のつもりで代わりにドリンクを買ってやろう、という申し出が時々あるのだが、その時の先方の態度が、まるで幼児をあやす大人のようなものだというのだ。
 ムッとして「自分でできるよ」と言って申し出を断るとやっと「大の大人を子ども扱いする」という自分の誤りに気付いて申しわけ無さそうにする人もあるが、頭の悪い者だと自分のした事は棚に上げて不愉快そうな表情になるらしい。
 困っている人を助ける時は、決して上から目線になってはいけない。彼らにも一個の独立した自我、立派な人格があり、困っているからといって幼児期に退行しているわけではないのだ。
 優しく親切にしているつもりが、上から目線になっていないか?困っている人を見て知らず知らずのうちに卑しく汚らしい優越感に浸ってないか?
 (24時間テレビの募金に郵便局や銀行を利用する人も多いが、小銭を入れた空き瓶が洗われておらず硬貨が腐ったジュースでベトベトしていたり、酷いのになると1円玉に「メッセージ」とやらを書き込む輩も居るらしい。「行為自体は困っている人を助けたい、という非常に崇高なもの人間らしい優しさに満ち溢れたものですが、できればそれを扱う人間の事も考えてくださるとありがたいです」との事だそうだ。相手の事もろくに考えずに、ただ「親切で優しい自分」に酔い痴れたいだけなんじゃないの?と考えるのはちょっと「下衆の勘繰り」かな?立派な大人なら空き瓶を洗わないとどうなるかぐらい、普通に気配れると思うんだが?通貨に字を書くと違法になる事もね)
 本当の意味で人に優しく親切にするのはとても大変なんだが、困っている相手・救いを求めている相手も一人の人間、一個の人格の持ち主である事を忘れないで欲しい。
 見下されて親切にされるのって、施された方はとても惨めな気分になるんだぞ。
 

【ニコニコ動画】妹が作った痛い RPG「処女姉妹」
 (高橋邦子さんは結構苦労人ではないだろうか。そんな気がする)

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 昨日は不愉快な気分が抜けきれずに食欲も湧かず、ようやく深夜になってから無理やり軽く食べました。一日ウツだったよまだ引きずってるよ。該当記事は非公開扱いにさせていただく。面白がって晒す幼稚な粘着野郎がいるからね。「彼」もレスをやっと読んだ事だし・・・)
 確かに「ご指導願います」とは言ったけど普通に考えたらこれは「寸評お願いします」の謙譲的婉曲表現であろう事くらいわかりそうなものなのにコメント入れた人がことごとく(といっても全部で3人しか居なかったけど^^)「指導」しにかかったのには驚いた。寸評と言うのは、どこぞの2ちゃんねる住人みたいに超絶技巧のプロ作家であれ初心者の小中学生であれ区別無くとにかく貶しこき下ろし酷評しまくって相手を怒らせる非道ではない。
 ・・・そもそもそんなに酷い絵ですか、あれ。こちらとしても「デフォルメ効かせた微妙なポーズ」とはあらかじめ言ってあったのだが、やれ「上半身と下半身(の間)を切断してくっつけて短くしたみたい」だの「あんたは正確なデッサンが魅力と言うわけでもないから気にするな」だのくそみそに言われ、挙句の果てには絵付きで添削までされてしまった(苦
 (無礼な話だよな、人を小僧っ子扱いですか。私なら相手が中学生の初心者でももっと気を配るぞ。相手が「具体的にはどういう感じですか?絵に描いてみてください」とでも言い出さない限り添削なんてしないよ。優れた創作家はたとえ腰低く奥床しく見えても、心の奥にはしっかり矜持というものが鎮座しているからだ。相手を尊重するならば、仮に相手が若年者であっても、呑んでかかるような教師気取りは絶対にしてはならない。これは相手の自主性を刺激し活性化するためにも重要)
 後で気が付いたのだが、いずれの絵師さんも普段デフォルメキャラを多く描いている人なのだ。
 あー、既にデフォルメされているため、さらにデフォルメする余地が非常に少ないキャラを描いているから、8頭身キャラの微妙なデフォルメが理解できなかったか。正直な話、こういう人はこちらとしてもお呼びではない。身長172センチ(Dカップ)の黒桑先生は8.5頭身くらいあるのだ。
 (というか、何で私の周辺には萌え系の絵師さんしかいないのだろう。ホント孤独ですよ)
 去年の3月始めに描いた落描き。「8.5頭身」証明のため、あえて古い絵をうp。 ←証明のため去年の3月7日の記事の絵を貼っておくね。http://jacktar.blog.shinobi.jp/Entry/76/
 (まぁウチのHPにお越しのかたは既に目にしておられるかも知れないけど)
 男性雑誌のグラビア写真のポーズに長身のモデルが直立した(身長がわかるような)全身像があまり多くないのは、男性の多くが自分より小柄な女性を好むからかも知れない。座ったり寝転がっている姿勢だと身長は気にならないものだ。
 人体にもパースがあるのは初心者ではない人なら周知の事実だろうが、8頭身キャラと5頭身キャラ、リアルタッチキャラと萌えキャラではどちらがデフォルメを効かせ易いか、取るのが難しいか。
 言うまでも無く前者である。私が萌えキャラが嫌いな理由の一つは、顔を含めた人体に変化が付けにくくて(その代わり形を描く事自体は楽で簡単である。ジムよりボールの方が量産には向いているのですよ性能はともかく)描いていて退屈、という点だ。
 あまりにムカムカしたので呼応して絵板に投稿された絵は絵板を含むbbs群もろとも削除させていただきました。あぁ、「しおしお」さん、あなたの絵が不愉快だったというわけではないのですよ。すぐ後に頼みもしないのに(模範解答的な面白みの無い)添削されたのが腹立たしいだけ。
 (今気付いたんだが、萌え系の人ほど模範解答が好きだよな。18世紀の画壇で頭の固いデッサン厨の評論家、「業界人」たちに『グランド・オダリスク』の女体を「胴長すげぇぇぇぇぇ背骨が3本多いwwwフイタ」(←2ちゃんねるのpixivウォッチスレってこんな感じだよな)と酷評され嘲笑された「新古典主義」の大家ドミニク・アングルはむしろデッサンの鬼だった人。美麗で端正な美女麗人を精緻で古典的なタッチと見せかけて近代的な人体デフォルメを仕掛けて描いた先駆的確信犯。大胆なデフォルメこそしっかりした人体デッサンができていないと難しいのだ)
http://www1.megaegg.ne.jp/~summy/gallery/odalisque.html
 (WEB美術館 『グランド・オダリスク』アングル)
 まぁ遅かれ早かれbbs群は撤去する予定ではありました。
 (これは本当。ブログが2つもある上に誰も使わない絵板が2枚もあるのは無駄じゃないか?メニューバーもゴチャゴチャするし。画像掲示板も要らないよな。個人向けメッセージならメールフォームが望ましいわけだし)
 タイミング的にぶつかっちゃった、というのもあるのですよ。

 あぁ、度重なる無礼な振る舞いに腹据えかねた「あの人」にだけはしっかり「絶縁状」を送らせていただきましたよ。
 人を閉鎖的な真性ペドフィリアの残酷描写好きグロ大好き変態オナニー自己満足アウトサイダーアーティストと同列に扱うのみならず、他人のオリキャラの身体まで勝手に切断するとは何事ですか!(オレ、ペドとグロが大嫌いなんだよ) 
 そもそもこの人物、イラストSNSの自作の絵や自分のブログ記事に寄せられたコメントにろくにレスさえ返さないマナー知らず振りですよ。コメントが数十数百寄せられる人気作家でもマメな人は区切りを置いて時々レスするもんだぞ。
 (私は無視黙殺されるのが一番嫌いだ。元ネグレクト児童のアダルトチルドレンなめんな)
 (「自己顕示欲が強い人は子供の頃に親にあまり構ってもらえなかった人だ」と和田秀樹が言ってた)
 また彼には、何かと言うと「先生に教わったんだが」とか「先輩はこう言った」とか「代々木アニメーションでは」とか「原稿の持ち込みで」とか、異常に「箔」を付けたがる習性があります。そんなに自信が無いんなら何も言うなよ。(代アニがそんなに偉いんかよ。オレはムサ美卒の女の子と付き合ってた事があるぞw幼馴染は大阪芸大に行ってたぞwつい最近、湯川専務が自分と同じ大学の先輩に当たる事を知りましたwあんなカラーのお笑い大学です(笑 ちなみに私は社会学部でした。今にして思えば美術系の学校に行くべきだったかと・・・)
 
【ニコニコ動画】CM ドリームキャスト 湯川専務シリーズ
 「権威」に頼るってのは、私には逆に「自分には個性も応用力もセンスもありません」と言外に(無意識のうちに)白状しているようにしか見えないんですがね。        
 私が大喧嘩になる相手は決まってこういう人。過去に「彼」も含めて三人と口論になって絶縁しています。どの人も態度がでかくて偉そうなんですよ。根拠不明に傲慢な態度です。
 あぁ、自信が無いから、逆に嵩にかかった態度で相手を支配しようとするのか。納得。  
 (人体とは一つの塊なのだがこの人の描く人体は頭部と胴体と四肢の動きがバラバラで連続性が無い。最低限デッサンを意識して描くならこんな身体にはならない。腕の曲がり具合と肘付近の筋肉の変化の描きわけも無く、「手」指先さえいい加減。そんなもん自分のを見れば簡単に描けるだろうに。スカートの中の股関節の状態が尋常ではない。そもそもキャラの身体に体重というものが感じられない。萌え系作家でも何となく重力に支配された人体を描いているものです。おそらくは描くに当たってせいぜいポーズ人形を参考にした程度なのでしょう)

 あー、スッキリした。


 「親友とは互いに相手を理解している間柄の人である」と誰だか言ってたけど、この定義に従えば私には間違いなく「親友」は居ない事になるなぁ。誰一人理解しようとさえしてくれないよ。
 

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プロフィール
HN:
j.k
性別:
男性
職業:
てんしょくってなに?
趣味:
やればできるこです。やりません。
自己紹介:
 王様の耳はロバの耳。そうハッキリ言う人です。
 王様は裸だ。そうハッキリ言います。
 王妃様も裸だ、とは言いません。うぇっへっへ。
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