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 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
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 自分に一番足りないのは、絵を描く事そのものを楽しむ、という、そんな気持ちだと思う。
 pixivで色んな人の絵を見るのだけれど、画想つまり絵のアイディアとしてはさほどスゴイ人をあまり見ないのですよ。何気ない構図何気ない色使い何気ない動作何気ない表情・・・。何一つ驚くべき技など使われていない。
 ただ、絵としてはそれがうまくまとまっており、一つの絵として、それなりの完成度を持っているのだ。
 
 私はアイディアの段階で「これではダメだ!」と多くをはねてしまう。
 多くの上手い絵師は、はねない。そのまま描いてしまう。そして描き上げてしまう。描きたくてたまらないのだろう。
 あぁ、自分にも、「描きたくてたまらない」という、そんな気持ちがあれば。
 白状すると、pixivに上がっている自分の絵のほとんどは、さほど身を入れて描かれたものではない。
 無理やりかじりつき、何とか側坐核を刺激して、強制的にドーパミンを分泌させて描いたものが多い。
 (ごく一部の、描いてて楽しかった絵に得点が多く付いているようだ。お絵かき掲示板で描いた絵が一番高得点だなんて、やはり変だよな)

 画狂人、葛飾北斎。 古くは葛飾北斎、近いところでは寺田克也と、世間には四六時中、絵の事だけを考え続ける人がいるらしい。
 北斎などは自ら「画狂人」と称した。
 絵師として売れない頃は、飯を食べ終わった茶碗を洗ってそのまま筆洗として使っていたそうな。
 わさび売りなどをして生計を立てていたそうだが、街中で面白い形、色を見かけるとそのまま固まり、真剣な眼差しでスケッチに取り掛かったという。(かなり多くのスケッチが現存している)
 身長180センチといえば江戸時代では飛び抜けて長身、それも巨人といってもいい身長である。
 そのような大男が怖い顔して絵など描いているものだから、わさびはちっとも売れなかった。
 
 鶴見俊輔が言うには「不幸な時期は本ばかり読んでいた」のだと。
 水木しげるも同様で、出征前は哲学書ばかり読んでいたそうで、その時代は同じ事を感じている者が多かったのか、やたら哲学書が売れていた。
 私の場合は読むのではなく、やたら書く方が多いのだが、これとて自分が読むために書いているようなものである。文章にすれば、自分の感じている事考えている事が、整理されて「読める」からだ。少しすっきりする。
 要するに、「自分」を読んでいるようなものだ。

 不幸は嫌なものだ。未来が見えず、楽しい事も無いのは辛い事だ。
 人生あまりいい事が無く、誰からも愛されずほめられない年月が続くと、何かいい事がありそうでも、期待など全然湧かず、下手すれば新しい不幸につながりはしないか、と漠然と心配になったりする。
 私に好意を寄せてくれる女性がいる。
 話題が豊富で発想が面白く、また時々落ち込んだり色々考え込んだりする性格がチャーミングである。
 ネット上で知り合い、近々実際に会う事になった。
 仕事で色んな人と会い、会話を交わす事も多いが、それは必要な情報交換であり、お互いを一個の人間として認め合い受け入れあった上での「対話」とは言えない。相手も私も、用さえ足せれば、別にAさんであろうがBさんであろうがこだわらない。人としての個性・性格など無用なのだ。
 ネットにはまる人の多くは、職場や学校または下手をすれば家族・友人とも血の通った、人と人との会話に縁が薄いのかも知れない。
 人付き合いが多くとも、人として付き合ってるとは限らない。だからそれをネットに求めるのだ。
 記事が充実し文章が面白い人ほど、一人暮らしだったりする。(反対に幸せな家族の一員ほど、退屈でつまらない記事を書く。誰が見ず知らずの人の赤ん坊の写真なんか見て喜ぶかよ)
 私もあまり現実社会での「人と人との」会話にはあまり縁が無い。だから自分を一個の人間として認め、受け入れようという人間が現れ、実際に顔を合わせようという事になると正直、不安になる。
 また、あまり幸せな出会いが無く、不幸な人間同士がかち合ったようなケースが何度も続くと、自分も相手を不幸にするのではないか、とも考えてしまう。(冷静に考えると、私と付き合って目に見える形で得をする人などいない、という事がわかるが)
 一人でいる時期が長いと、変化を好まなくなるのだ。楽である事は確かだからね、幸せでなくとも。

 青い鳥。 その人と会えば、少なくとも現実社会では一人ではなくなる。
 社会や組織のパーツの一つとしてではなく、人と人とのつながりが出来るからだ。
 家族や友達、恋人と一緒にすごした時の、楽しくて楽しくてたまらない気分、そういうものがまた取り戻せるのだろうか。現実の境遇は不幸なままでも。
 そうすれば、創作そのものも楽しくなるのだろうか。
 今ぶつかっている(もう何年も続いている)壁は崩せるのだろうか。 
 幸せな人の書く退屈でつまらない記事。
 つまり本当に幸せな人は、つまらない物をこしらえるのかも知れない。
 だとすれば、すばらしい創作物を作る源泉は不幸、という事なのだろうか。
 だがやはり、創作している時の気持ちは、楽しいに違いない。作ったものを見ればわかる。
 私は久しく、「楽しくてたまらない」という気分を知らない。
 それさえ取り戻せたら、一度に幸せにはなれずとも、少なくとも楽しい気分で、創作に取り掛かれるようになるだろうか。

 数年ぶりの、本当の意味での人間関係。
 新しい友達に、期待してもいいのだろうか。期待されてもいいのだろうか。
 
  

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 部屋の整理、続行中です。
 頭の中をかき回すようなものなので、とにかく疲れます。
 アリナミンの美味い事!

 ほっといたらエロ方向に彷徨します。さまよえるエロ亡者。フライング・ダッチ○○ ←で、またなんか出てきた。(整理とか掃除というより発掘作業?)
 どうやらPC導入以前に描かれたものらしい。7~8年前のものか。ケント紙が変色してます。21x15センチほどの大きさ。
 道具はカイメイ墨汁の「ドローーイングゾルK」とタチカワのGペン(多分)。
 あ、とりあえずB地区にはモザイクかけてます。良心的すぎて粒子が小さいけど(笑

 ・・・完全に部屋の整理が終わらないと、何も手に付かず、創作もヘッタクレも無いのれす。
 活動再開にはもう少しばかり時間がかかるかと。

 ・・・こういうゴマカシ、お茶濁しは良くないね、いやホント。

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 電気石より電気ネズミの方が好きだったのかも。ピカチュウ。 昔、受け取ってもらえなかったプレゼントの指輪です。
 別に指にはめても姿が見えなくなったり寿命がすごく延びたりとかしません。
 トルマリン。別名「電気石」。一時期世間を賑わしていたアレの高級ヴァージョンである(といっても4万円程度だが)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%B3
 とりあえず、恋人としては「一通りの事」は済ましていたんだけど。

 なぜか女性的な事柄を好まない女でした。
 だから、「マイナスイオンが出ててOA機器で仕事する人には打ってつけ。一石二鳥だね!」という「理由」まで付けて渡したのに。
 (現在ではマイナスイオン云々は「疑似科学」として退けられている。そもそも家電から放出される電磁波はごくごく微弱なものだ。・・・にしても、おかしなプレゼントの渡し方だよなぁ) 
 ・・・ひょっとして、あの段階で見限られていたのか、オレ?だったらこういうのは受け取れないよねぇ。

 世間には、内助の功とまでは言わなくとも、恋人の支えによってがんばり続け、地位や栄誉を勝ち取る者もいる。
 人間、自分一人のために出せる力などはたかが知れている。
 あの時、一人でも傍らで支えてくれる人がいてくれたら、と今更過去を振り返っても詮方無いんだが。
 こんなゲンの悪い指輪、誰も欲しがらないだろうねぇ。
 
 滅びの亀裂にでも、放り込むか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%85%E3%81%B3%E3%81%AE%E5%B1%B1

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 笠原郁。本好きの戦闘少女(二十代だけど)。カワイイよなこの子^^ ブログペットのミニログで、ある人が「自宅に蔵書が5000冊云々」と言っていた。
 判の小さい文庫本でもそれだけあればかなりの場所取りである。すごいな。
 ウチの蔵書はそんなに無いけど、それでも1000冊くらいはあろうか。
 現在、その整理に悩んでいます・・・。

 「整理学」(生理学ではない)の専門家によると、部屋の状態はそのまま部屋の住人の精神状態を反映しているのだという。
 散らかった部屋の住人は、即ち「混乱」し「疲弊」しているわけだ。
 本という、物理的な形を具体的に取った知識情報が散乱しているのだ。「混乱」とか「混沌」以外の何物でもないね。
 実際、消費カロリーというか運動量は大した事無いはずなのに、なぜか部屋の掃除と整理は異様に疲れる。
 おおまかに片付いても、どうしても整理しきれない部分は残り、同時に後口の悪さ・けだるさも残る。
 ・・・誰か助けてぇ。

 熱力学第二の法則(エントロピー増大則)まんまの部屋である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E5%8A%9B%E5%AD%A6%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%95%E5%89%87
 ヤル気の熱量は下がりっぱなしなのだ。
 森さん。まぁこの人は厳密にはサキュバスだけどね。 このままでは暑い夏場も限りなく絶対零度に近い状態となる。涼しくていいな♪
 増大する一方のエントロピーを逆に減少させる「マックスウェルの悪魔」がいてくれたら、部屋の掃除も楽勝・・・それどころか、今まで好奇心の赴くままに身に付けた無駄知識も取り払ってくれ、その分「心の熱量」を取り戻してくれるだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AD%94
 が、その際、「何が有意義で何が無駄か」弁別するという、かなり知的な作業が必要だ。でなければ大事な知識情報まで捨ててしまう恐れがあるのだ。
 悪魔本人はずいぶんとカロリーを消費する破目になるなぁ。気の毒だ。
 できれば豊満な女体をタイトなボンデージルックに包み込んだセクスィーかつ時々可憐で妖艶かつ隠れ清純派なツンデレ女悪魔をお願いします(うぇっへっへっへ)。

 ・・・まぁとにかく、痛い出費だけど、本棚買うか・・・。

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 唐の頃の中国で書かれた『続玄怪録』という本に、こういう物語がある。
 
 月下老人。縁結びの神様。チャイニーズ・キューピッドである(笑 「長崎ランタンフェスティバル」より。 唐代・憲宗の元和年間の中国。長安の杜陵というところに韋固(いこ)という青年がいた。
 幼くして両親を亡くし兄弟も居らず、天涯孤独の身の上から早く嫁を娶りたいと望んでいたが、縁談はことごとくまとまらなかった。
 旅の途中、河南の宋城の南にある村に泊った折、清河郡の役人だった人の娘を嫁にと進める人があった。
 信用の置けそうな人物でもあり、その人と翌朝早く、村の西にある竜興寺の門前で待ち合わせる約束となった。
 月が架かりまだ夜も開けきらない薄暗い中、竜興寺へとたどり着くと、見知らぬ老人が門前の石段に座っていた。
 見ると大きな袋に寄りかかって、月明かりで本を読んでいる。
 傍らでその本を覗き込んでみたが、学問を積んで様々な文字に通じている韋固にも全く未知の文字で書かれており、読む事はかなわなかった。
 聞けばそれは天上界の文字であるという。さらに、自分は天上界の役人であり、地上の人間の婚姻を管理する者であるとまでいう。
 寄りかかった大きな袋には赤い縄が入っており、これを縁ある男女の足首に結びつけ、いかなる障害があっても必ず二人を添い遂げさせるのだと。
 相手が只者ではない事を覚った韋固は老人に、自身の縁談の行末について尋ねた。
 老人いわく「まだまとまらない。お前さんの嫁はまだ三つの子どもだ。今から14年後、その子が17歳になってから結婚する事になる」。
 いつの間にか夜は開け、陽も高くなったが、約束していた人はついぞ現れなかった。
 老人は本を閉じ袋を担いで出かけてしまった。
 韋固はさらに待ったが、約束の人は一向に現れない。
 する事も無く、またあの老人の事も気になるので、韋固は老人を追う事にした。
 ほどなく、村の北にある青物市場で老人に追いついた。
 「あれがお前さんの嫁だよ」。老人の指差す先には、片目のつぶれた小汚い野菜売りの老婆に抱かれた、みすぼらしい幼児がいた。
 いたく失望した韋固は、銭一万貫で下男に幼児の殺害を命じる。
 老婆の機転により心臓を刺すには至らなかったが、眉間を刺す事には成功した、との下男の言葉に韋固は安心し、その後も幾つもの縁談がまとまらないまま、やがて14年が過ぎた。
 河南・相州の長官・王泰に法務担当の役人として抜擢された韋固は、ついに長官の娘を娶る事となった。
 相手は心優しい17歳の美少女であった。
 新婚生活は満ち足りており、毎日が幸せだった。ただ一つ、寝る時も入浴の際も決して外さない妻の眉間の造花が、韋固には気になった。
 結婚1年後、15年前に殺させたみすぼらしい幼児の事を思い出した韋固は、愛する妻を問い詰める。
 泣きながら妻は言う。「私は王泰の実の娘ではなく、姪なのです。実父は清河郡の役人でした。生まれてまもなく亡くなった父を始め、次々と家族を亡くし、最後には優しい乳母に引き取られる事になりました。7~8年前、叔父が行方の知れなかった私を探し出し、養女にしてくれました。この眉間の傷は3歳の頃に青物市場で何者かに切りつけられたものです。痕が残り、こうして造花で隠しております」。
 妻の過去を知った韋固は己が罪を恥じ入り妻に謝り、快く罪を許した妻と二人、「人の縁」の不思議について感じ入ったという。
 以後夫婦は、末永く仲睦まじく幸せに暮らした。

 色々あって私は歳相応の地位にも名誉にも財産にも恵まれないけど、もし「赤い縄」または「赤い糸」というものがあるのなら、そういう女性がいつか現れるのだろうか。
 ひょっとしてもうすでに、近くにいるのだろうか。
 歳を取り、容姿にも地位財産にも恵まれない私は、到底「白馬の王子様」にはなれないけれど。
  
http://jp.youtube.com/watch?v=Is3YY43zXqQ←マイルス。

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 王様は裸だ。そうハッキリ言います。
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