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 太陽を盗んだ男・予告編
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%82%92%E7%9B%97%E3%82%93%E3%81%A0%E7%94%B7

 6日に書いた記事、(http://jacktar.blog.shinobi.jp/Date/20090806/1/)ややベタではあるが我ながら面白いと思ったんだけど、反応が無いので続けて原爆ネタ。
 関西在住の映画好きにとって一つメリットがある。
 関西のTV局は深夜によく、TVでは普通中々お目にかかれないような「名画」を放送するんですよ。
 (数日前にも黒澤明の『羅生門』を放送していたね。こちらはパブリックドメイン化しているので、ネットでも無料で大手を振って見られるけど)
 しかもただ空いた時間を埋める、というのではなく、キチンと解説付きで放送する。
 場合によっては「特集」を組んで「テーマ」でつながった複数の映画を何週にも亘って放送する事も。
 私はこの映画を(多分)8年前に同様の深夜の「映画番組」で見た。
http://piza.2ch.net/log/tv/kako/959/959984072.html
 (TBSで放送・・・て事になってるが、在阪局の毎日放送の間違いではないか?毎日放送も昔から「映画番組」持ってるからね。東京の深夜放送はくだらないバラエティばかりで不毛な感じがする)
 地下鉄サリン事件や9.11アメリカ同時多発テロをリアルタイムで知っている今の人からすれば、上映された1979年当時の日本人とはかなり違った「何か」が見える事だろう。

 オウム真理教教団の連中にしても、9.11アメリカ同時多発テロのアルカーイダにしても、彼らなりの「正義」「大義」というものに従って行動したが(あくまでも「彼らなり」の、だが)、映画の主人公・城戸誠にはカルト教団やムスリム過激派のような「正義」「大義」が無い。闘う相手を見失った男の「喪失感」「焦燥」があるだけだ。(監督の長谷川和彦は全共闘世代だそうだ)
 生徒からもバカにされる、無気力で冴えない中学教師が、「手製」の原爆片手に日本という国家・社会をたった一人で引きずり回す、簡単に言えばそういうストーリーである。
 だが、たかが一発の「手製」の核爆弾が、国家レヴェルで及ぼす影響のなんと大きな事か。
 北朝鮮(と米軍侵攻以前のイラク)が、まるで強盗が持つ出刃包丁(最近はダガーナイフか?)のように相手に見せ付ける「核」という玩具。これさえあればどんな無理も通る。
 逆に言うと、結局はこれが無いといかなる国家の「正義」「大義」も「絵に描いた餅」、という事か。北朝鮮の主張をまともに支持しているのは、おそらくはあの国の国民でも少数だろう。(なぜ北朝鮮が未だに崩壊しないのか不思議である)
 (イラクからは大量破壊兵器は全く見つかっていない、という点に注意。「核」という単語を悪用したのはイラクか、それともアメリカか。イラク戦争以後、アメリカが中東での軍事的・政治的プレゼンスを大きくし得たのは確かだ)
 この点ではアメリカの「正義」「大義」もちっとも変わらない。ただアメリカ(及び他の核保有国)は沢田研二演じる中学教師より核兵器をたくさん持っているだけである。(「俺は9番目の男」)
 主人公が日本政府に突きつけた第一の要求は「プロ野球のナイター中継を最後まで放映させる事」。
 痛烈な皮肉、何とも人を食った話ではないか。核保有国を鼻先であざ笑うかのようだ。

 ゴジラは何作も作られたけど、一度も「宮城」を踏みつけにしていないのである。天皇陛下万歳。 核を扱った映画、といえば、まず筆頭に上がるのが『ゴジラ』だが(黒澤明も評価していた)、あの映画、どこが優れているか。
 当時としては突出した高い特撮技術もさる事ながら、まず「核」の脅威を巨大でグロテスクな怪獣の姿に象徴させた点であろう。『ゴジラ』は元々「反核映画」なのである。(興味深い事に長谷川和彦監督のあだ名も「ゴジ」)
 (ゴジラは皇居を蹂躙できない。彼は「すめらみくに」を守るために散華した英霊たちの化身だからだ、と言った評論家もいるそうだ。http://zeroempty000.blogspot.com/2006/02/blog-post_12.html これは空爆のため飛来したB29の飛行ルートも同様だとか。ついでに言うと、森永ミルクキャラメルの広告塔も壊さなかった。ゴジラ、実は天皇家と同じくらい資本主義にも弱いのである)
 それをハリウッドではただのバカ怪獣パニック映画にしてしまった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/GODZILLA#cite_ref-3
 東宝がハリウッド版制作会社のトライスターによる映画制作に対して示した条件の一つに、「核問題をテーマとする」という項目があったそうだが、監督が低能だったのか、「核」をただの国際政治上の小道具として扱っている。
 そもそもフランスの核実験に巻き込まれるのが「またしても」日本のマグロ漁船なら、もっと深刻で重厚なメッセージ性を持つべきなのだ。どこをどうすればあんな映画になるのか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%94%E7%A6%8F%E7%AB%9C%E4%B8%B8
 大怪獣ゴジラは映画史上最大最強のスター・オブ・モンスターだが(異論は認めん)、ハリウッド版はどう見てもイグアナの親玉でしかない。だがその点を大目に見ても、とんでもない駄作であるには違いない。・・・核への意識が低すぎる。お前アフォだろエメリッヒ。
 もしアメリカ人の大半が同程度の意識の持ち主だとしたら、正直、ちょっと怖い。
 そんな国民に核兵器を持たせるのは、幼稚園児にショットガンを与えるようなものだからだ。
 (最近米国で行われた世論調査では、どうもそのような現状を臭わせているようだ。死にかけの大日本帝国に対して核攻撃、しかも二度もの核攻撃はどう考えても非人道的とは思わないか・・・?)
 『GODZILLA』(ハリウッド版「ゴジラ」。「神」が含まれたスペルに注目)は1998年の映画である。9.11アメリカ同時多発テロより3年前の映画なのだ。
 今のアメリカ人にこそ、是非とも見てもらいたいものだ。『太陽を盗んだ男』。

 あー、反核映画では決して無いからね、『太陽を盗んだ男』は(笑
 1970年代の日本が抱え、そして目をそむけていた幾つもの問題に対し、これもその一つである「原爆」を持ってして対峙した、政治的メッセージ色の濃い問題作、という側面もあるのだ。
 (今の時代ならちょっとTV放映ははばかられるか、という部分も少なくない)
 そういう重いテーマを、全く重くない、むしろポップなタッチで、アクション映画としても、ほろ苦い青春映画としても楽しめるようにこしらえた、というのがこの映画の真価なのですよ。(敢えてテーマを軽く扱う方が「重み」を増す場合もあるのだ)
 「ジュリー」こと沢田研二の演じる主人公の虚無感・やり切れなさは、帝政ロシア末期の反体制派知識人(多くの学生が革命運動に加わり、その「心情的」中心となっていた。「ニヒリズム」は何かを求める熱情の裏返しである)から、昨年の「秋葉原通り魔事件」の容疑者に至るまで、いつの時代・どこの国にも居る、多くの「居場所の無い若者」が共有する「感情」である。
 政治と青春が無関係であった時代は無い。(あるとすれば現代の日本か・・・?)
 綾波にもアスカにも満足できないファンを補完するかのような新キャラである。まだ見てないけど巨乳の眼鏡っ子だそうな。・・・だったら補完されてみるか。 『太陽を盗んだ男』の主人公が掲げるサッカーボール大の手製原爆は、単純素朴なスポーツでごまかされなくなった、迷える青春の熱情が手に入れた「パワー」(powerという英語は「権力」も意味する)の象徴なのだろう。
 (ちなみに『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』にも『太陽を盗んだ男』の中曲が使われているそうである。http://blog.goo.ne.jp/tospo/e/69f400478293cc
076d3f3571fc3930d8

http://www.youtube.com/watch?v=VwRomIV9qoE
 
 YAMASHITA
 (中学校の理科教師・城戸誠(沢田研二)と一騎打ちする山下警部(菅原文太)のテーマ曲。山下警部の本名は満州男。ここにも日本が目をそむける過去が・・・)
 菅原文太演じる山下警部は、迷走する青春の熱情が突きつけた幾つもの問題、日本という国・社会が取りこぼしたり見て見ぬ振りをした問題を、身体を張って受け止める「大人」の役である。

 ヤヴァいのはイデオロギーではなく、危うい青春の熱情なのだ。
 

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太陽を盗んだ男 ~沢田研二主演~
1979年に作られた沢田研二ことジュリ―主演の「太陽を盗んだ男」を見たんですが、ギャッフン!!!だ。 若者の社会や国家への漠然とした不満、という普遍的な題材なので、古い作品にもかかわらずまったく古臭さはない・・・というよりむしろ新しい感じがした。 斬新、破天荒
URL 2010/11/02(Tue)19:42:32
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