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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84

 数日前、NHKで浮世絵の特集番組を放送していた。
(『よみがえる浮世絵の日本 封印が解かれた秘蔵コレクション』 http://www.nhk.or.jp/special/onair/080907.html

 『暫』。「しばらく、しばぁらくぅ~っ!」と見得を切るアレである。 歌川国政という浮世絵師がいた。
 役者絵、ことにバストショット(つまり人物の胸から上を描いた)や顔のUPという構図で役者を描いた「大首絵」で高く評価され、その才能は入れ替わるようにして先に消えていった写楽を越えるともいう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B4%B2%E6%96%8E%E5%86%99%E6%A5%BD(東洲斎写楽)
 残された作品が少なく、写楽のように海外の美術研究家に紹介される事もなかったため、だから知名度という点では今一なのだ。
 活動期間わずか10ヶ月という写楽に比べ、それでも8年間は作品を発表し続けたが、22歳でデヴュー後、二度の休止期を挟んで30歳で引退というのは、やはり短い作家生命である。(最晩年まで制作を続けた、長寿の葛飾北斎のような絵師もいるのだ。北斎は90歳で亡くなっている)
 才能を高く評価され、将来を嘱望された絵師がなぜ、短期間で活動をやめたのか。

 歌川国政・・・奥会津出身。江戸に出て紺屋の染物職人になる。大の芝居好きが高じ、芝居小屋で役者の似顔絵を描いているところを歌川豊国に見出され、弟子となる。22歳でデヴュー。作品は『三代目沢村宗十郎の清盛』。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%B7%9D%E5%9B%BD%E6%94%BF 

 歌川国政の活動期間・・・
             第一期 寛政7年(1795)11月~9年半ば (約2年間)  作品数60点 版元;上村与兵衛(新興出版社) 22歳~   
 (寛政7年・・・同年、「鬼平」こと長谷川平蔵宣以死去。49歳)
             (1年休止)            
             第二期   同10年8月~12年11月 (約2年間)   作品数40点 版元;鶴屋(大手) 25歳~
             (2年休止)
             第三期 享和3年(1803)正月~文化元年(1804)(約1年間)作品数20点 版元;上村与兵衛  29歳~
 (文化元年・・・同年、ナポレオン・ボナパルト、フランス皇帝に)
             ・・・絶筆後、役者の顔を模した「お面」を作って売り、生計を立てていたという。38歳で没。

 第一期と第二期では作風がかなり違う。
 第一期は大首絵が評判となり、作品の大半が大首絵である。数も多く、60点。
 第二期はガラリと変わり、大首絵ではなく、役者の全身像に役者の名前が添えられたものが多い。作品数は40点。
 第三期は第一期の作風へと回帰したが、かつてのような勢いは無く、精彩を欠いた作品が多い。20点。
 (バストショットや顔のUPの方が描きやすい、と思ってた頃がオレにもありました(笑 でも実際にはそのキャラのバストショットや顔UPの「大首絵」の方が、キャラの性格・人格、難しく言えば精神性を、しかも少ない情報量(何しろ胸から上だけの絵である)で描ききらねばならぬため、全身像よりはある意味難しいのだ。だからといって初心者がそういう絵ばかり描いていると一向に上手くならないのも確かだが)

 なぜ作風が大きく変化したのか。
 専門家は、購買層の好みが変わり国政の「作品」ではなく「役者絵」そのもの、いわば「キャラクター商品」としての絵を欲しがるようになったのが、最初の大きな変化の要因だと言う。
 出版社である版元から、作家性・個性を殺した、誰が描こうが誰も気にしないような、役者のブロマイドでしかない絵の制作を要求されたわけだ。(当時はもちろん写真技術など無い)
 国政は悩み、活動再開まで1年を要した。
 第一期の頃の版元は上村与兵衛。大手ではなく後発組、新興の出版社である。先発組の大手との競合を避け差別化を図り、独自のカラーを打ち出す必要があった。
 だから作家としても、のびのびと自分の仕事ができたに違いない。
 第二期の版元は鶴屋。大手出版社である。原稿料(?)も多かったであろう。が、大手のやり方はご多分に漏れず金儲け第一主義である。(ジ○ンプみたいなもんか)
 これに懲りたのか、やはり大手出版社の水は合わなかったのか、2年の休止期を経て第三期の仕事は再び上村与兵衛からのもの。いわば古巣である。
 第一期の頃のようにのびのびと自分の仕事ができる!と張り切ったのも束の間、才能の方は「コンテンツ絵」ばかり描かされて疲弊しきっていた・・・。

 国政さんの仕事を見てて、他人事とは思えない絵師は、プロアマ問わず多いに違いない。
 私がまず想い起こしたのはpixivのランキングである。
 少なく見積もっても数万からいる絵師の会員。それらが投稿する膨大な作品の中から、上位にランキングされるには相当苦労するが、それを緩和する方法がある。
 言うまでも無く、人気版権物の絵(より具体的に言えば、ボーカロイドや東方キャラの絵)を描くのだ。
 逆に言えば、人気版権物以外の絵を描いて上位にランクインするのはかなりしんどい。(日や週によって変動があるが、人気版権物を描けばランクインしやすいのは確かだ。ボーカロイド、東方キャラに限らず)
 ・・・これって、作家性よりはかなり元ネタ、描かれた既存の人気キャラによっかっかった評価じゃないですか?
 はちゅねみく。コスプレ大会では体型的にこちらに扮した人も多く見られるようである(笑 pixivの会員数はとうの昔に20万を越え、30万に迫る勢いだという。驚いた事に、その半分以上が絵を描かないROM会員なのだ。
 そのような会員が点を入れるとしたら、さてどのような作品だろうか。無名のアマが描いたオリジナルなど、よほど完成度が優れたものでない限り一顧だにしないに違いない。
 お目当ては版権絵、多少ヘタでもお気に入りの人気キャラ(江戸時代なら当然「歌舞伎役者」)が描かれた絵なのだ。(pixivのランキングはかなり怪しい。人気キャラの描かれた、しかしデッサンのおかしな絵が上位にランクインする事も珍しくないのだ)

 非版権物の純然たるオリジナル作品ではさほど評価されない絵師は、その事で深刻に悩まねばならないと思うのだが、さて常連ランカーの皆さんはいかがであろうか?
 

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