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【ニコニコ動画】まんが日本昔話のトラウマシーンを集めてみた壱

 私は自分から積極的にホラー作品を楽しむ事は無いのだが、人間の想像力の結晶としての幻想的作品を求めるうちに、ホラー作品として分類されるものに行き当たる事は度々ある。
 夢中になって読んだものとしては、H・P・ラブクラフトの「クトゥルー神話体系」に属する作品群があるが、正直なところ、これらは全然怖くない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%95%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 ポー○ョポーニ○ポ○ョ ダゴンの子 インスマスから やぁあて来た♪ このラブクラフトという小説家、一生懸命に読者を怖がらせようと努力するのだが、努力すればするほど、読者にとって作品は怖いものではなくなっていく。
 ・・・克明に描写し、詳細に形作られる怪物たちとその世界は、恐怖というよりむしろ魅力を感じさせる。
 作家の想像力が旺盛すぎて、読者の想像力が入り込む隙間が無いのだ。
 ・・・いや、逆に想像力を刺激しすぎるのかも知れない。
 一つの村を恐怖のどん底に叩き込んだ不可視の怪物にしても、南極探検隊が遭遇した異形の生物たちにしても、不可解で人間の知力では理解が及ばない存在としながら、漠然とではあるがその正体は暗示されている。
 科学の力または数十世紀(いやさらに古くからか)に亘って伝えられる古来の叡智によって、その強大で不可思議な存在が何者かはある程度はわかっているのだが、ハッキリと明確な正体までは掴みきれない、という点が読者の想像力を、知的好奇心をそそるのだ。
 要するに、SF的センス・オブ・ワンダー(神秘的なもの・不思議なものに対するエクスタシー。藤子不二雄的に言うと「すこしふしぎ」)により、読者の想像力に方向を与え指向させる力が、ラブクラフト作品には濃厚にある。「クトゥルー神話体系」はSFである、という所以である。
 「クトゥルー神話」の世界に迷い込んだ者は動物的・生理的な恐怖ではなく、漆黒の宇宙の底知れない深遠を覗き込むような、目まいを伴った恍惚を感じる事になる。
 
 「まんが日本昔ばなし」にある恐怖物語は、子供向けとはいえ、ラブクラフト作品(書いた本人は自分の作品が全然怖くない事に中々気づかなかった)よりはるかに怖い。
 民話では、不運な農民や旅人を唐突に襲う不幸と悲劇は、常に不条理なものである。
 昔話というものは、それを語る側にとって都合がいいように改変される事がよくある。親の言う事を聞かない子どもや周囲に迷惑ばかりかけるダメな大人には、耳の痛い教訓話となっているものも多いのだ。
 が、それはあくまで上辺だけの形であり、怪談話は本質的にその恐怖が聞く者を惹きつける。
 老木こり「・・・32枚目の刃はな、特別に鬼刃っちゅうて鬼が出て来たらぁ挽き殺すんじゃよ。見せたろうかぁ?」 牛鬼に食い殺される若い木こりは、牛鬼に対する切り札である鋸の「鬼刃」(鬼を殺すためにある刃。これだけが両刃である)が欠けてしまったのを正直に話したために生命を落すが、奇妙な事に牛鬼という妖怪からして、他の動物ではなく「狩猟対象」としては手強いはずの人間(知恵と武器を持ってるからね)を狙う。
http://jp.youtube.com/watch?v=F1wke8qPICo
 経験豊富な老齢の者の忠告を聞かない若い者の死、といえばありがたいそして貴重な教訓話ではあるが、では人を襲う怖ろしい妖怪たちとは一体何者か。
 「マンイーター」はグリズリー(ハイイログマ)、ホオジロザメ、ベンガルトラ、と数多くあるが、知能の低いサメなどを除き、大半は手に入るなら人間以外の獲物を選ぶ。人間を敵に回すと厄介だからだ。オオカミなどは実際には滅多に人を襲わない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%9F
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%9F
 また人間にしても、狩りの獲物が人語を解し会話が可能ならば、それを殺す事に躊躇するだろう。(手塚治虫は「動物キャラは人間として扱いなさい」と言っている。だから手塚の動物キャラは可愛いのだ)
 牛鬼はじめ民話の妖怪たちは、自分と同じく人格を持つ人間(しかも他の動物より獲物としては手強い)をわざわざ好んで襲う。これって何かと似てないか?
 レクター博士。食人が三度の飯より好きな人(笑 三食とも人肉で構わない人。 そう、理由無き殺人、快楽殺人を行う殺人鬼だ。
 生活のため、または保身のため、などという人間的な理由が無い、ただただ殺人のための殺人を渇望する猟奇犯罪者。彼らには合理的に説明できる動機が無い。普通の人々には理解できない人種なのだ。
 ・・・つまり、混じりけのない絶対悪、「悪」そのものの臭いがする。動機が無いのだから、犯罪者ですらない。だから怖い。
 ラブクラフトのダゴンの末裔は、自分たちの繁栄を計画して街を乗っ取り、邪悪な錬金術師は研究の完成のために自分の子孫との摩り替わりを目論む。
 悪意はあるが動機は理解できるのだ。そして理解できる対象は警戒心こそ喚起するが、根源的な恐怖を感じさせる事は無い。知識となった事象は、秩序に組み込まれ、既知の世界の一部となる。
 知識となり既知の世界の一部となったものには対応が可能だ。それらには人間は無力ではない。
 真の恐怖は、理解が及ばない、正体不明の、秩序の外側にあるものが引き起こす。それらには対応が不可能だからである。未知こそが恐怖なのだ。
 
 見た目は十代半ばくらいの女の子だが、正体は巨大なオオカミさんである。まぁ正体がわかっているからさほど怖くは無いんだけど、時々妙に色っぽい顔になるのが怖い((((;゚Д゚)))) 加えて言うと、「まんが日本昔ばなし」の絵柄は、そのほとんどが絵本タッチのシンプルなものである。
 人を喰らう妖怪どもにしても、単純な線と色で描かれる。
 視聴者が受け取る情報量が少ないのだ。が、それゆえに、逆に怖い。
 情報量の多さ(克明な描写・緻密な世界観)がさらに大いなる謎へと、想像力を刺激しそのベクトルを指向させるクトゥルー神話と違い、「まんが日本昔ばなし」の妖怪変化たちは、その正体が全くわからない。情報が少なすぎて想像(推測)しようが無い。
 単純な色と線は、そのまま妖怪変化の「正体不明」性を表現しているのだ。
 「まんが日本昔ばなし」でハンニバル・レクターを翻案したら、ハリウッド映画より怖いかも知れないな(笑
 
 

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