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 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
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 私は放ったらかしにされると止まります。
 だから五月五日はヲチスレ住民との「交流」のおかげで、ちょっと楽しかったのですよ(あはは
 (「色使いが嫌い。(中略)微妙なニュアンスの無さが、頑迷な性格を物語ってるって感じ。」とは言われたが、絵の技術に関しては全く貶されなかったのがちょっと嬉しかったよ。あぁ、今は喪男かも知れんが以前は異様にもてた時期もありました^^今振り返ると我ながら不思議)
 外界からの刺激がなくなると意識のレヴェルが低下し、動きも緩慢になり、ついには眠ってしまう、というのはよくある事である。高速道路を走ってると睡魔に取り憑かれてヤヴァくなる事は無いですか?あれと同じ。
 完全に機能停止してしまうと再起動が大変だから、そうならないうちに自分で「刺激」を作ってみたり、または外界との「交信」を試みたりするわけだが、望むほどには成功しない。
 ・・・やっぱオレの絵は癖が強すぎて受けにくいのかな。

 広範な人間関係を持つ人が必ずしも孤独ではないとは言えない。
 最近、一部でよく取り沙汰されるF氏という人を知った。彼にも職場の上司や同僚に加え友人もいるらしいのだが、日記には孤独な人間特有の悲痛な叫びが連綿と綴られ、世間への怨嗟が溢れんばかりである。
 彼は、社会的に注目されるためにイラストSNSに流行りの版権物イラストなどを大量に投稿し、私が見たところ「相応」の評価を受けているようなのだが、それでも渇きは癒されないらしい。
 よほど深い孤独を抱えているのだろう。でも自分しか愛せない人は、他人から愛される事も無いんだよ。
 (・・・正直に白状すると、デッサンは少々お粗末なように見えた。そこそこ上手いように見える絵も実はトレスだとか。主線をハッキリ描くタイプの絵だが、そういえば思い当たる絵の線はところどころ勢いが弱かったような・・・)
 イラストSNSはどこもかしこも人気版権物の絵でいっぱいである。
 これは、「誰でも知っている」人気版権物の絵を通して、コミュニケーションを拡げているのではなかろうか。
 もちろん二次創作であれ、その絵が上手く描かれていれば評価も当然高いわけだが、これには「僕の好きな○○たんを上手に描いてくれてありがとう!」という種類の評価も少なからず含まれているに違いない。
 こういう方法だと、なるほど評価は得やすい。「お友達」もたくさんできるだろう。
 が、どこまでも絵そのもの、その絵を描いた才能ではなく、描かれた版権キャラが評価されたのではないか、という見方は付きまとう。
 ある人がこんな事を言っている。
 「pixivは当初は絵師たちだけの場所だったが、いつの間にかガキばっかりが集まって小便垂れ流すションベンプールになってしまった」。
 自分が創作家であるという意識がある人なら、他人のキャラが幾らほめられても嬉しいはずが無い。
 にも関わらず、己がオリジナル作品は蔑ろにしつつも、人気版権絵の量産には余念の無い「ランカー様」の何と多い事か。
 ・・・要するに、創作家としてのプライド、矜持というものが持てない、自我の未発達な子どもなのですよ。
 または、評価されているのが自分の才能なのかそれとも描かれた題材なのか、「何が評価されているのか見極められない」・・・やはり子どもなのですな。
 (元々アニメキャラは個性も癖も十人十色の多数のアニメーターが、同一のキャラを描き続けやすいようにデザインされている。あらかじめ規格が決められた工業製品に似ているのだ。ある程度熟練している絵師なら描くのはわけないのである。だからアニメそっくりの絵柄で版権絵を描くって、どんだけ楽したいんだよ、と言いたい。しかも人気アニメの絵柄なら尚の事それで人気も出やすい。・・・あくまでもその「元の絵柄」の人気なのだけど。あぁ、堀口悠紀子さんご本人は優れたアニメーターだと思いますよw)
 
 人間は成長するにつれて自我を発達させていく。
 自我、つまり「自分は何者であり、自分は他者とは違い、そして自分は自分である」という意識だ。
 知能が未発達な子どもはまだ自我も未熟である。
 だからわかりやすい基準、「群れ」の中での序列では自分がどの位置にあるのか、という事にこだわる。まずはポジションによって自分を規定し、定義付けるわけだ。
 (格付けにこだわり、いい歳こいて学歴や年収、ポストを誇示するしか能が無いヤツはガキだって事ですよ!)
 言うまでも無く、無力な子どもほど群れたがる。動物性プランクトンやメダカやオキアミみたいなものだ。
 だが成長するうちに世界も拡がり、群れの中に自分と似たような他者がいる事に気付く。そこで今度は自分なりの特色を打ち出し、差別化を図る。
 ギターが二人いたら二人ともジミー・ペイジである必要は無い。一方がジェフ・ベックやジミヘンであった方が双方にとって好ましいのだ。ロバート・フリップかパコ・デ・ルシアなら、なおいいぞ。(どちらか一人がカッティングの上手い人であればバンド的にはもっと望ましい・・・て、このネタ、オレも引っ張るねぇw)
 一般に、子どもより大人の方が一人一人は個性的である。
 幼稚園児には「カレーの王子さま」をあてがっておけば間違いないが、高校生くらいになると好みがガラっと変わってくる。「バーモントカレー」派もいれば「メタル印度カレー」を好む通もいる。
http://www.youtube.com/watch?v=95lJabW5s4s
 絵についても同様の事が言える。
 幼稚園児に画用紙とクレヨンを渡せば、描くものはおおよそ決まっている。
 お父さんお母さんや友達の顔、人気アニメキャラ、イヌやネコ、幼稚園で飼ってるアヒルやニワトリ、チューリップやハンバーグやカレーライス、リンゴやバナナ・・・ありふれたものばかりで、あまり複雑なものは描かない。絵もあまり個性的ではない。園児の描く絵って、どの子が描いた絵かすぐに判別できますか?
 (アンパンマンの顔は幼児にも描きやすい。だから大人が描くアンパンマンのネタ絵では逆にやたらと線の多いリアルなアメコミタッチのものが見られるのだ)
 他人の絵を選ぶにしても、レオナルドのモナ・リザよりは上北ふたごの描くプリキュアだろう。
 (上北ふたごは元アニメーター。雑誌「なかよし」ではずば抜けて絵が上手い、数少ない「ちゃんと描ける人」。この人のキャラはデッサンができていて無駄が無くて描きやすい。逆に言うと認識はしやすいがやはりアニメタッチの個性の少ない絵であり、少なくとも絵柄自体は決して一枚絵単体で見せる絵ではないのだ。あ、個人的には足は臭いが実は乙女なキュアブラックが好きです私)
 つまり、人気絵師やアニメーターの絵と見分けが付かない没個性な絵を描いて、それで人気を得て事足れりとしているランカー絵師は、そのファンともども、やはりお子様なんですよ。
 人気版権絵はオキアミや稚魚のような子どもたちが群れるための、便利な道具なのだ。

 ついでに言うと、自我が未発達な人ほど自分の事ばかり語りたがる。
 自我が未発達だと自分以外の他の自我が認識できない。だから平然と他人のフンドシで相撲を取る。どすこい。
 版権絵しか描けず、あろう事か完全トレパクまでして自分の絵だと言い切ってしまう輩は多い。
 こういう人たちにとって世界は自分しかいない場所。つまり他人の事などどうでもよいのである。
 他人の絵をトレスしてランクインする酷いヤツもいるそうな。まぁ自分で描こうがトレパクしようが、オリジナルで勝負しないという点では大差ないんだけどね。著作権に触れているので五十歩百歩だ。(トレパク絵を二次作品ではなく、全くのオリジナルと称して発表するのはさらにタチが悪いけど)
 「我が強い」というのは、実は自我そのものは弱い事を意味する。自分と他人の境い目も心得ていない。
 キチンと自我を成長させた人ほど、他人の事も思いやり、配慮できるものだ。 
 自分について自虐的に語り自嘲して見せても、他人には厳しいだけの人は「謙虚な努力家」とは見なされず、従って「他人に優しくされたいだけ」の誘い受けと決め付けられても仕方が無いのだ。
 やっぱ、自分しか愛せない人は、他人から愛される事も無いんだよ。

 大量のお子様を相手にした方が得票も楽チンである。一人一人が個性的な大人を相手にするよりは。
 中学生くらいの年齢と思しい者がこう言っていた。
 「何でどこの馬の骨ともわからないオリジナルの絵を見なきゃならないんだよ」。
 ・・・語るに落ちたか。お前何しにイラストSNSに来てるんだよ。大半の版権物だって元はオリジナルだぞ?お前ら企業に踊らされすぎだ。
 そもそもイラストSNSでオリジナルを圧倒してデカイ顔している版権絵、権利者が本気になって申し立てでもしたら削除させられる性質のもの、ずばり違法行為だ。
 著作権持ってる連中がうるさくないのは、あくまで宣伝になっている段階まで。
 それ以上酷くなって「元祖」よりボロ儲けし始めたら、どの会社もだまっていないぞ?「個人の楽しみ」が巨利を得るようになれば、大目には見てもらえないのだ。
 まぁ今のところ著作権者たちのほとんどは(「地デジカ」の見んほう連でさえ)「グレーゾーン」を「お金のかからない自然発生的な広告」と認識しているようだけど。
 とにかく、アニメ会社や出版社やフィギュア屋さんその他関連企業が楽にウハウハしようと思うなら、ファンが少ないマニアックなネタよりは(それはそれで手堅い印象と信用を得る事ができるが)、中高生や幼稚なヲタ層がワラワラと群がる人気版権物を大いに活用するのも道理である。ファン活動として大目に見ていられる限りは。
 ヒゲクジラとオキアミみたいな関係か。

 ・・・商売に利用するつもりなのかな、版権絵ばかりで人気を集めたがる絵師さんは。だとすれば、自我の未発達なお子様絵師どころか、商魂たくましい脂ぎった商売人絵師、真っ黒な大人絵師という事になる。
 (マンガ家やアニメーターの方が仕事と無関係なオリジナル絵を発表しているのは面白い現象だ)
 グレーじゃないよね、これって。遵法意識が希薄なのは無邪気だからではなく、むしろ邪悪だからか。
 積極的な違法行為?
 

 

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 今日はちょっと表示が重いかも。

 『くもとちゅうりっぷ』。1943年制作。政岡憲三監督作品。
 日本初の本格的アニメ(初めてセル画を使用)とされる作品。何と戦時中の制作である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%82%82%E3%81%A8%E3%81%A1%E3%82%85%E3%81%86%E3%82%8A%E3%81%A3%E3%81%B7



 ディズニーの『ファンタジア』。1940年制作(!)
 太平洋戦争初期にシンガポールを占領した日本軍の押収物品にこの映画のフィルムがあった。
 日本が軍国色一色に染まっていた頃に、このような高い完成度と芸術性を備えた傑作アニメを作れるアメリカの国力に、日本軍将校は皆恐れをなしたそうだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%A2



 『桃太郎 海の神兵』。1945年制作。
 戦争も敗色濃厚で物資も人員も不足気味、激化する空襲に機材を抱えて逃げ惑うという過酷な条件下で、よくぞこれほどの作品が作れたものである。戦意高揚の国策映画という形こそ取っているが、ただそれだけの作品なら、のちの世界的アニメーターである手塚治虫に深い感銘を与える事は無かっただろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%83%E5%A4%AA%E9%83%8E_%E6%B5%B7%E3%81%AE%E7%A5%9E%E5%85%B5



 『鉄腕アトム』。1963年制作。ご存知手塚治虫による作品。
 これ以後、日本のTVアニメは低予算で作らされる破目になった、とは宮崎駿の弁。
 文句があるんなら自分一人ジブリに引きこもって劇場用アニメという殿様商売でぼろ儲けしてないで、そのおかしな業界の体質を改善する努力をしろよパヤヲ君!元凶を手塚一人に求めるのは無責任すぎないか?それともやはり手塚コンプレックスから未だに解放されないのかな「世界」のミヤザキ先生は(笑
 毀誉褒貶が激しく功罪半ばとする意見も多いが、『鉄腕アトム』が以後の日本のアニメの隆盛の礎を築いたのは間違いない。



 『機動戦士ガンダム』。1978年制作。富野由悠季監督作品。
 「アニメは子どものもの。所詮は子供だまし」という社会の偏見を根底から覆した革命的作品。
 この作品が発表されなければ、以後日本のアニメの発達は数十年遅れたに違いない。

 『風の谷のナウシカ』。1984年制作。宮崎駿監督作品。
 私は宮崎駿という天才的アニメ「職人」が大嫌いなのだが、彼が日本のアニメに果たした功績そのものは決して小さくはないと認識している。
 (まぁ「カリ城」は憶えているだけで24回以上は見てるんですけどね・・・)


【ニコニコ動画】DAICON IV オープニングアニメ 修正版 【1Mbps/640x480】

 『DAICON Ⅳ』OPアニメ。1983年制作。DAICON FILM。
 作った面子がすごい。しかも当時大学生。
 資金も技術もプロには到底及ばないはずの大学生がこれほどの作品を作れる、という事がすごい。
 簡単に人もお金も集まる日本の文化的な下地がすごい。
 近年のGAINAX作品である『天元突破グレンラガン』にも当時のDAICON FILMの匂いがかすかに感じられるのは気のせいではあるまい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DAICON_FILM
 

【ニコニコ動画】電車男OPとDAICON IVの比較

 ↑『電車男』OP。現代日本文化ですなぁ。こんな事で怒るなよヲタキング。


【ニコニコ動画】「農耕士コンバイン」「先公メッタ打ち ザ・ブンナグル」元動画と比較

 ・・・すみません、↑個人的に好きなんですよこれ(笑 秋大、恐るべし・・・。

 

 『新世紀エヴァンゲリオン』。1995年制作。庵野秀明監督作品。
 何もかもぶっ壊しちゃったすごい作品。後半は純然たるアニメというカテゴリーではくくれないほど。
 おめでとう。

 

 『ザ・フロッグマン・ショー』。2006年制作。蛙男商会。
 今でこそ会社組織だけど、上の作品はFlogman氏(島根県在住)がたった一人で作ったFlashアニメなんですよ。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0604/07/news047.html
 パソコンのアニメ制作ソフトとネット配信という新しい状況が、個人による制作と発表を可能にした。
 

 色々調べているうちに、なんかまとめるのが大変そうな感じがしてきたので、今日はこの辺でやめときます(笑
 かなり大雑把な「日本のアニメの歴史」になりましたが、異論はどんどん認めるぞ。

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 春ですね。桜ですね花見ですね。
 という事で、この季節にはぜひとも聴きたい噺の代表格『貧乏花見』(東京落語では『長屋の花見』)。
 名人三人による競演、お暇な方は聴き比べてみてください。
 ちなみに三つとも音声のみ。動画はありません。
 落語をBGMにする人も結構いるようだから、これはこれで楽しみ方の一つかと。


【ニコニコ動画】ニコニコ春寄席 笑福亭仁鶴  貧乏花見


【ニコニコ動画】ニコニコ春寄席 笑福亭松鶴 貧乏花見


【ニコニコ動画】ニコニコ春寄席 桂米朝 貧乏花見

 ↓こちらはテキスト。『世紀末亭』さんにはよくお世話になるなぁ。
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakugo32.htm

 ↓ついでに東京落語『長屋の花見』。
http://www.nicovideo.jp/search/%E9%95%B7%E5%B1%8B%E3%81%AE%E8%8A%B1%E8%A6%8B
 (いずれも30分を切ってます。東京では大ネタではないらしい・・・)

 「つまり東京は、大家さんの「花見に行こう」の一言で、あっさり本題に入りますが、こっちは昼の日中に、長屋に人がそろっていることの矛盾を、朝方の雨で仕事に出そびれるという設定にしてある。大家さんが音頭をとったら「ほんなら日当なんぼ出す」と言いかねん連中が、自発的に花見に行こうという気になるまでが、まことに無理がない。大阪落語の理屈っぽい一例ですが。」(桂米朝『米朝ばなし』)
 

 世間は不況だ不景気だと雰囲気暗いですが、そんなご時世だからこそ、貧乏長屋の面々のように「気で気を養い」、「心まで貧乏しない」ように心がけたいものですなぁ。
 同じく『米朝ばなし』では、桂米朝本人が自身の思い入れとしてこう語っている。
 「私など、もうどうにもこうにもならん苦しい時代に、この落語で励まされたような気になったことがあります。あれでも生きていけるのや、と」

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【ニコニコ動画】Ambitious Lovers - Copy Me

 久方振りの、お茶濁し「音楽」シリーズ、です。
 ニコ動をうろついてたら見つけました、アンビシャス・ラヴァーズ。
 (演奏開始後2分20秒頃にノリノリのパーカッションのオッサンが持ち出すのが「クイーカ」という楽器。『できるかな』のゴン太君の「声」としても有名。南米はパーカッションのメッカであるなぁ)
 一時期、私が毎日サルのように聴いてたバンドがこれである。
 80年代に活躍していたバンドらしい。例によって私はポロロッカしていたわけです。このバンドの存在を知ったのは90年代に入ってから。
 個人的には上記の楽曲が収まった『Greed』より、次の『Lust』の方が完成度が高くて好きなんだが、ジャズっぽいゴタ混ぜ感とパワーと可能性を予感させる『Greed』も捨てがたい。文字通り「貪欲」なアルバムである。こちらを最高傑作とする人も多い。
 懐かしさのあまり色々検索してたら、私よりはるかに詳しい人のサイトを見つけました。
http://www.spacehorn.com/jeepster/text.cgi?type=m&ope=log&key=artist&num=Ambitious_Lovers&
 最近は評判よくないのがAmazonのレヴューだけど、この方面は厨が湧きにくいのか、まだ信用できるようだ。(お客の耳を馬鹿にしたJ-POPで満足しているような連中には縁が無いからか)
 (アンビシャス・ラヴァーズ「のみ」の名義としては『Greed』と『Lust』の2枚しか出ていないが、iTunesによるとVirginからリリースされた『Greed』は「Alternative & Punk」、Elektraから出た『Lust』 は単に「ロック」という分類である。この辺りがこのバンドの面白いところだ)

 アート・リンゼイ。中央まん前でギター弾きながら歌ってるMr.オクレ(こちらはベーシストである)にクリソツなあんちゃんだが、この当時はまだ「コードが弾けない」と噂されてたんじゃなかろうか。つまり、アヴァンギャルドジャズ系&ブラジル系ノイズギタリスト(?)という位置づけだった。(実は弾けたらしい)
 (オレってギターというとこんな変な人ばかり聴いてるような気がする。フランク・ザッパとかビル・フリゼルとか・・・)
 ジャズという音楽ジャンルは巨大な混沌であり、様々な音楽を貪欲に飲み込んでは、新しい何かを生み出す。
 ただ、電気楽器が未発達な頃はホーンに比べてギターはあまり前に出てこなかった。
 ホーンと並んでフロントの一翼を担い(当然和声担当も兼任できる)、派手に活躍できるようになったのは60年代以降。ファンクを大胆に取り込んだマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』(ジャズとロックの融合、「電化マイルス」とも)やジミ・ヘンの登場からである。(ジミ・ヘン音楽をジャズ化した事で有名なギル・エヴァンスはマイルスの音楽学校時代からの親友。この点も興味深い)
 (↓「ジャズって意外にポップなんですよ」というマイルスなりのメッセージ)
http://www.youtube.com/watch?v=4iOG_ZSEMUs
 (↓ジミ・ヘン。楽曲そのものはジャズに独特の影響を与えたとも言えるが、ギター奏法としてはハード・ロックそしてメタル系ギタリストに多大な貢献をした)
http://www.youtube.com/watch?v=c_DTdFppN9c
 (↓霧が立ち込めるような濃密かつ緻密なハーモニー。自由と調和の一致を目指したオーケストラル・ジャズの一つの極致。スティング抜きの『Little Wing』の方がいいんだが見つからない。いいミュージシャンですがね、スティングも^^)
http://www.youtube.com/watch?v=JjFuOYgik-o
 早くから不協和音を和声に大胆に取り入れていたジャズは、ノイズとも実に相性がいい。
 ブラジル音楽がボサノヴァという形でジャズ経由で世界的に紹介されたのも60年代である。
http://www.youtube.com/watch?v=tSgvvbCQq9c
 50年代のボサノヴァ創生期のブラジルで幼年期を過ごしたアメリカ人少年アート・リンゼイが、スポンジが水を吸い込むようにボサノヴァはじめブラジルのポピュラー音楽(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)を吸収して成長したのは間違いない。

【ニコニコ動画】ボサノヴァ聴きませんか? ~No.1~

 ジョアン・ジルベルトなどのボサノヴァ・シンガーのような物憂げな歌い方に時折狂気を孕んだ叫び声が混じるのは、二つの祖国の間で不安定にさまよう「異邦人」のアイデンティティゆえか。
 (ヴォーカリストとしてももっと評価されていいと思うぞ)
 ブラジルの熱気と物憂さ(サンバとボサノヴァの国である)と、ニューヨークの活気と都市の倦怠が見事にリンクし、南米のリズムと西欧的音楽様式(ピーター・シェラーはスイス出身)が幸せな結婚をしたのがこのバンドであろう。インテリミュージシャン特有のロマンティシズム及びリリシズムとそれに対する羞恥のようでもあるなぁ。
 ジャズもまさに民族の坩堝。
 ブラジル的気質とエキセントリックかつ先鋭的なノイズギターの融合・調和が一人の「異邦人」的ミュージシャンによって体現され、それがアヴァンギャルドでありながらポップな味わいをも併せ持つ音楽となる。
 それがこのアンビシャス・ラヴァーズというバンドである。

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【ニコニコ動画】落語 桂米朝 厄払い 
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug139.htm

 一日遅れちゃったけど、今日は節分の噺です。
 
 昔は四季折々の門付けを初め、「外」から来る者は「福」である事が多かった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%AC%E6%AD%B3

【ニコニコ動画】落語 桂米朝 土橋万歳
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug213.htm

 邪悪な存在であった鬼なども、いつの間にか「福」をもたらす存在になった。
 こちらは、孤独な老人と厄介者扱いされて居場所の無い鬼たちとの、心温まる物語。

 まんが日本昔ばなし『節分の鬼』
http://www.youtube.com/watch?v=Q4BPD9nQnO4

 鬼は具体的な実体ではなく、人の心の闇が生み出すもの。
 愛の欠乏が形を成したものなのだ。
 物語中盤の、おじいさんの怖ろしげな形相と、相反する悲痛な叫びが、見る者の胸を打つ。
 そして訪れた鬼たちの、なんと人懐っこく、陽気で心優しい事か。

 悪質な訪問販売やピッキングを始め、昨今では「外」から来る者は邪悪なもの、と決まってしまった。
 ネット社会も然り。匿名でしか物が言えない人が増えた。荒らし行為は日常茶飯事だ。
 いずれの悪人たちも、上に挙げた昔話のおじいさんのように、深い孤独や心の闇を抱えているのだ、と考えるのは穿ちすぎだろうか。
 

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職業:
てんしょくってなに?
趣味:
やればできるこです。やりません。
自己紹介:
 王様の耳はロバの耳。そうハッキリ言う人です。
 王様は裸だ。そうハッキリ言います。
 王妃様も裸だ、とは言いません。うぇっへっへ。
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