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 ポール・アンダースンというSF作家がいた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%B3
 アイディアが秀逸で、それなりに優れた作品を書いた人だが、どことなく作品のキャラの「育ちのいい感じ」が好きになれなかった。
 一般にハードSFは人間が書けていない、と言われる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89SF
 作品のアイディアの展開とその考証に追われ、心理描写も人物造形も不十分になりがちなのだ。
 そういう評価を気にしてか、この作家は作品によっては人間を書こうとはする。だが失敗する。
 登場人物に関する部分が、説明的で無機質で、血が通ったものとは言いにくい。
 そのうえ無理からにそういうやり方で陰影のあるキャラを書こうとするから、余計に不自然なのだ。
 生い立ちから現在に至るまでの人生、それは確実にその人物の性格に大きな影響を与える。
 苦労人にしては、なんか登場人物が「おぼっちゃん」っぽいのだ。人間というものが理解できていないからそうなる。
 SF作家には滅多に金持ちはいない。売れるジャンルではないからね。
 だがこの人は少なくともその人生で、大して苦労はしなかったに違いない。
 比較的に後期の作品である『アヴァタール』ですら、人間の描き方が上っ滑りで形式的なまんまである。
 (ヒトラーを好んで悪役として登場させるんだが、おおよそ子ども向きの作品でももう少しマシなキャラの立て方・人物造形ができそうなものだ。それくらいこの人のヒトラーは一面的で単純で薄っぺらでつまらない。キャラの表現が幼稚でガキっぽい)
 努力の跡は見えるが、ついに他人(つまり人間)に対して本質的・根源的な興味が持てなかったのだろう。だから描き方が皮相的で物足りないのだ。
 正直、こういう人とは親友になれそうもない。人間に興味を持てない人間と、友達になれますか?

 『脳波』。アンダースン初の長編。 この人の作品に『脳波』という長編がある。
http://blog.livedoor.jp/silvering/archives/31004859.html
 ある日、突如として地球上の生物(少なくとも脳を持つもの)の知能が爆発的に向上してしまう。
 どうやら、そのような作用を持つ宇宙線が大量に地上に降り注いだらしい。
 普通程度の知能の持ち主は天才になり、精神薄弱の人は従来の意味での「普通程度」になり、動物たちは人間に対して従順では無くなる。
 社会は大混乱である。何が一番困ったか。
 工場労働者は「知能が高くなった」せいで退屈な仕事に耐えられなくなり職場を放棄し、工事現場から人は消え、交通機関も運転手がいなくなってストップする・・・。
 ・・・お前何様のつもりだ、アンダースン!
 肉体労働・単純作業の重要性を説くと同時に、バカにし見下しているのだ。
 ・・・まぁ、ある意味、真実を突いているのも否めない、とは思うが。
 
 人生経験が乏しい人ほど、世間の汚い部分を知らない連中ほど奇麗事を並べ、上っ滑りでありきたりなお題目・ヒューマニズムを唱えるが(天童よしみはすぐに「浪速のど根性」などというが、知的かつ貧乏な大阪人ならば、口が避けてもそのような手垢の付いた頭悪げな恥ずかしい言葉は吐かない)、私はハッキリと真実を言う。
 肉体労働者にはバカが多い。低能が多い。全てそうだとは言わないが(理由は後述)。
 最低限の知性というものが感じられない。人というよりはそれ以外の類人猿に近いのさえいる。
 こういう連中は、相手が自分より立場が弱いとたちまち残酷になる。
 自我が未発達で想像力が欠落しているから、困っている人の辛さ・苦しむ人の痛みが理解できない。
 感受性も鈍いので、痛みそのものすら理解できているか怪しい。だから弱者を平然と差別し虐待する。
 つまり、人間性という点からして最低レヴェルの者が多いのだ。
 (「頭の悪い者ほど、心が清らかである」などと抜かすヤツはただの世間知らずだ。手塚先生、あんたもな)
 (アメリカでの調査では、自主性・創造性を要求されない職種の者ほど、差別意識が強い、という統計結果が出ている)
 自分から自発的に行動して判断する主体性を持たないので、当然管理職や自主性・個性・表現力を要求される職業にも向かない。豊かな創造性を求められるアーティストや、高度な判断力を要求されるスポーツ選手には間違ってもなれない。 
 どう転んでも肉体労働・単純作業にしか就けない人種である。
 が、逆に考えれば、そういう者どもであるからこそ、変化に乏しくて退屈極まりない機械的な、人間性を磨耗するだけの労働に適しているとも言える。始めから人間性など持たないから楽なものだ。
 専門的なスキルの持ち主、創造的な職種に就く人ならば、少なくともそのような資質を持つ者ならば、長時間の単純作業は怖ろしく退屈で、心身ともに重い疲労を負うものだ。そして人間性は確実に磨耗していく。
 元から人間性に乏しい者と比べると、言動にはまだ人間らしさは残っているのだが、その顔つきには深い疲弊が刻み込まれている。

 秋葉原通り魔殺傷事件。連行される加藤容疑者。 不景気、というより雇用形態が根本から変質し、昔のように、「努力すれば後は会社が全て面倒を見てくれる」、といった終身雇用制は崩れつつある。大学新卒でさえあぶれている場合も少なくないのだ。
 だから永年勤めてきた会社をクビにされ、あるいは就活当初から仕方なく慣れない肉体労働・単純作業に就く人も少なくない。
 何らかのスキルを身につけた人はまだいいが、そうでない者は筋力を金に換える他無い。しかも正社員としての雇用でさえない。
 ここに、知性も人間性も劣った者が、そうでない者を足蹴にし踏みつけるといった、不合理で理不尽で筋の通らない状況が現れる。アルバイト、パート、派遣の人間はとても立場が弱いからだ。
 自分より知性も人間性も劣った者が、より人間らしく優遇され、自分は明日さえ知れない不安定な身分。
 秋葉原の通り魔殺人事件の犯人は、確かに問題の多い人格の持ち主だが、経済的に不安定な生活に追い詰められ、未来は見えず、そして最後の財産である自尊心さえボロボロだったのではなかろうか。
 
 『脳波』のような作品が、生きるためにやむなく肉体労働に就いた人間が書いたものならば、作品全体に、自嘲雑じりの暗く悲しげでペシミスティックなトーンが漂うはずだが、やはりどこまで行っても、登場人物は薄っぺらく皮相的であり、人間関係も図式的だ。・・・高い位置からアリなどの社会性昆虫でも見下したような目線なのである。生活や人生に苦労している人間ならばそうは書かない。愚痴らしいものも出る。
 優越感と言う下衆で汚らしい(しかもそれ自体がその人物の程度の低さを物語る)感情こそ見当たらないが、それこそ知識階級も低所得者層も同様にして科学者のような冷徹な目で見ているが、だからこそ頭の悪い差別主義者よりタチが悪い。
 高いか低いか、高度か低レヴェルか、という単純化(二極化)がなされれば、「低い」「低レヴェル」の人間はただ「低い」「低レヴェル」だけで片付けられてしまう。人間としての評価は皆無だ。 
 現実の人間はそのように単純に割り切れるものではなく、またどうしようもない仕儀で低きに交わる高き者の存在も無視してはいけない。アンダースンは性急なあまり、砂利に雑じった宝石すら一緒くたにしてしまう。
 (往々にして学者というヤツは、物事を単純な法則に還元して考えたがる。「人間も銀河も素粒子も、オレ様にかかればチョロイもんよ」とでも考えているのだろう。時としてむしろサラリーマンなどより頭悪そうな学者も見られるが、つまりそういう理由なのだ。物事を単純に見すぎるのだ、まるで幼児のように)
 『脳波』、結末としては、実は地球人は、宇宙的規模の要因により知能の発達が遅れていた反面、それを補うため学問や科学技術を発展させ、それによって生物として限界値ぎりぎりまで知能を高めていたため、一気に知能が高まった今度は逆に天才的な知的種族となっていた・・・というオチである。
 だったらなぜ全ての人間の知能を押しなべて高くしないのだ?アルジャーノンみたいに?
 つまり・・・単純で退屈で、人間性を喪失させてしまう労働に就かせるための、奴隷のような家畜のような機械のような、心身の苦痛を何とも思わない、蒙昧で愚鈍な「層」の必要性を認めている、というわけだ。
 
 子どもの頃、自分の父親は境遇に恵まれないから、世をすねて才能を発揮できないのだ、本当はもっと知的な人間なのだ、本来なら慈愛に富んだ誠実で親切な人間なのだ、と思い込んでいた、というか思い込もうとしていた。
 だが成長するごとに、多くを知るたびに、父親が度し難い低能で、それゆえに他人の痛みが理解できないクズ野郎であるという残酷な事実に気づかざるを得なくなる。自分をごまかせなくなる。
 頭も性格も悪いゴミクズ人間というものは、厳然として存在する。
 だから子どもの頃は、人間はいつか社会から、頭の悪い低能やそれを必要とする肉体労働・単純作業を、永久に消滅させるものだと夢想していた。全ての人間が聡明で人間味のある人になるものだと。あらゆる差別も争い事も根絶された世界が現れる・・・。
 肉体労働・単純作業の一掃。少し考えればわかるが、そんな事をすれば社会には職を失った労働者が溢れかえり、社会不安はやがて暴動を引き起こす。歴史上既に、産業革命期の英国でそのような運動が起きている。
 心底、全ての人間が聡明になる事を、切に願う。が、現実は、どうしようもないのだ。
 おそらくアンダースンには、少なくとも骨身に応えるほどの肉体労働・単純作業とその人間関係に悩まされた経験は無いだろう。それは文章を読み進めばすぐにわかる。
 だが学者らしい冷徹な目線で、社会の階層構造と生物学的なヒエラルキーの密接な関連、対応関係を看破したのである(ミネソタ大学で物理学を専攻)。その現実を当然として受け入れ、全く問題とは思わない呑気さが腹が立つな。
 人は高いところからでは、決して本当に世の中の本質は見極められない。見極めていたら問題視するはずであり、そもそも間近につぶさに見る機会があれば、社会というものが簡単に割り切れない事にも気づくはずだ。

 社会に奴隷労働が必要だから、働きアリの如く、愚鈍で人間らしさを欠いた奴隷が発生するのか。あるいはその逆に、生まれながらの奴隷がいるから、それに食わせるための奴隷労働が存在するのか。(どちらにしても悲劇だ)
 本来ならば奴隷ではない人間が、そのような立場に身を堕とさねばならない事情は改善できないのか。(秋葉原の惨劇は繰り返す?)
 本来ならば「そこ」に居てはならないゴミクズが、贅沢三昧に暮らし遊び呆ける理不尽と不合理は、糾される事は無いのか。(役人天国は喜劇でしかない)
 階級社会、支配者と被支配者の対立、抑圧された者たちの蜂起と革命をテーマにしたSFもあるにはあるが、それを社会科学と生物学(人間という種族内での生物学的ヒエラルキー)の両方から同時に取り組んだ作品の、少なくとも成功例は知られていない。(シルヴァーバーグあたりが書いてそうだが?ひょっとして存在しないのか?)
 微妙な問題ゆえ、書くのが難しいのか。それとも・・・?

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お久しぶり
俺は土木作業員出身で今パン屋です。肉体労働一直線ですが中学高校(偏差値七十近い進学校)の頭いい連中よか余程気分のいい人たちが多かったなあ。
思うに低能=人間性もダメ、はちがうかなあと。敗北の数でなく勝利の質と挑戦の果敢さこそが人生の価値を決めると思います。低能ならば敗北の数は多いでしょうが、肝心なとこで負けなきゃいいんですよ。世界が憎くても、自分が成長すれば勝ち、憎しみを押さえられるなら立派な生き方、ナイフで通り魔は相当くだらない負けかたでしょ。高学歴、成績優秀、容姿も恵まれてて家は金持ちでも、自分のことしか愛してないやつは醜かったですよ。人の心を踏みにじるのが大好きなんですそいつら。
危険な作業現場で体を張って三人の娘の学費稼いでるおっちゃんには生き方の美を感じました。
唯一の武器が筋肉だけでもいいじゃないですか。
彼はその武器を正しく使ってると思います。
認識 行動 決断 人の価値があらわされるのってここらへんかなと。だってあとは自分じゃ選べないですもんね。そいつがすごいんじゃないぞ、と。
以上私見かつ長文すいませんでした。
ビーミズ 2008/08/06(Wed)11:15:32 編集
 職業で人の値打ちは決まりませんが・・・。
 やぁどうも、何度も来ていただいたようで、申しわけないです。
 
 パン屋さんですか。立派な仕事ですね。
 ウチの近所は半径1キロ以内に5~6軒も「作りパン屋」(店で焼いて売っている。つまり製造直売店)がありまして、「激戦区」になっています。
 食パンやフランスパンという、いわば基本的なパンほど、焼きたては美味いですね。

 あぁ、何も肉体労働者の全てが鬼畜じみた低脳だとは、さすがに私も言いませんよ(笑
 一方で学者先生を「世間知らずのガキ」呼ばわりしてもいます(笑
 トラックの集配所で働きながら、二人の子どもを有名大学や大企業に入学・就職させたおじさんを、私は知っています。
 私の妹のダンナ(義弟)も基礎工事屋ですよ(一応「専務」らしい(笑 )。
 汗や油にまみれる仕事にも、高度なスキルと判断力を要求されるものがたくさんあります。
 ・・・が、一方、ただひたすら筋肉の酷使を強要される「奴隷労働」も依然として存在します。
 (というか多分無くならない。ただでさえ工場の自動化で労働者があぶれているのです。あまり話題に上りませんが)
 何の夢も理想も持たずにいきなりこういう仕事に就き(まぁ他に何の才能も無いからですが)、将来に何の希望も持たない動物のような輩がいます。
 こういう人間の下に付く破目になった者こそ災難です。
 自分の失敗などは全てこちらに押し付けますし、尻拭いも当然こちらがやらされます。
 オマケに根拠も無い自信から傲慢な態度をとりますし、自分の立場をいい事にやりたい放題です。
 ・・・こういう犬畜生を、私はたくさん見てきました。
 圧倒的に、工場労働者や倉庫の仕事に多いですね。
 出来る事なら、もう二度とあの手の仕事はやりたくないと思います。

 世間にはきれい事を口先で並べ、「人間は平等だ」と「うそぶく」人が多いですが、そういう人は自分よりはるかに脳みそも性格も劣るクソ野郎にこき使われて酷い目に会った経験が無い人です。
 区別と差別は全くの別物だ、と言いたいですね。
 
 j.k 2008/08/10(Sun)01:57:34 編集
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