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 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
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【ニコニコ動画】定価68万円の高級ダッチワイフ特集 【生身の女性さようなら】

http://www.nicovideo.jp/watch/sm7697011
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2337434
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5536904
 一応このブログは全年齢向けなんですが、上の動画はニコニコ動画でもR-18扱いではなく、また内容的にも18禁ルールに触れるものでもないので貼らせてもらいますよ。
 このブログでも過去何度か取り上げた、オリエント工業のラブドールである。
 この分野での日本の技術力も相当高いらしい(笑 こちらはドイツのメーカー↓
http://www.first-androids.de/index.htm

 なんかね、静かなブームっぽくなってるんですよ。(そんなに実数は無いだろうけど)
 こういう「お人形」を愛好する人たちを「ドーラー」と呼ぶらしい。
 私がまず連想したのがヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』か。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0953.html
 (松岡正剛の千夜千冊 『未来のイヴ』)
http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B4-%E5%89%B5%E5%85%83%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA-%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%B3/dp/4488070043

 ヴィリエ・ド・リラダン(これで苗字)の大ファンである押井守監督の解答。
 少佐の魂はどこにある・・・?  

【ニコニコ動画】攻殻機動隊 イノセンス (A Basic Guide) 1/2
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9

 一見よく似ている(無知な人はよく間違える)アンドロイド(またはガイノイド、ヒューマノイド)とサイボーグ(改造人間。義体化人間)との最大の違いは、「魂」があるか無いか(具体的には生身の人間の脳髄が納まっているか、それともCPUとHDDなのか)、という一点である。
 (『未来のイヴ』のミス・ハダリーと草薙素子は「魂」の移動、位置が逆転している事に注意。ミス・ハダリーは徐々に人間らしくなっていくが、素子は「広大なネットのどこかへ」と消え去る事により「人間」である事を主張する)
 が、それさえも実は極めて曖昧で、人間とアンドロイドを区別する仕事の人間が、ついには自分の正体まで疑ってしまう結果にもなりかねない。自分は果たして「人間」なのか? 
 P・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は、そんな悪夢の世界を描いた傑作だ。
http://www.sancya.com/book/book/syohyo_a38.htm  
 (三軒茶屋 書評『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)
 一方、恋愛シミュレーションゲームが好きな人ならあのキャラを想い起こす事だろう。 
 『To Heart』のマルチですね。こういう文章を見つけた↓
http://yumy-m.hp.infoseek.co.jp/museum/essay/essay_19.html  
 (Essay To Heart~マルチ)
 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の冴えない刑事が散々苦悩した結果にたどり着いた答えに、日本人はいきなり到達している、というか出発点でさえある、というのは興味深いな。 
 ・・・実はこのゲームやった事無いんですよ。それくらい有名なキャラ、つー事で許せ(笑 (霊魂をDVD-ROMにまで変換してしまう感性に薄ら寒いものを感じるオレって古いのかな。まぁそれだけマルチという「女の子」が魅力的だった、という事か) 
 欧米人は基本的にキリスト教徒であり、人間が人間を「創造」するという行為に強い罪悪感を持ってしまうのだが(メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』など)、人間以外にも魂を見出してしまうアニミズム民族の日本人はいとも簡単に「神への冒涜」を踏み越えてしまう。 
 (「付喪神」や「猫又」などの妖怪は西洋には存在し得ないのである。マルチは「信田狐」の末裔かも知れない)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%9B%E3%81%AE%E8%91%89
 西洋合理主義のトップランナーであるはずのアメリカ人でさえ、ロボット三原則を鉄則としなければ安心できないのに、日本人ときたら恋人にまでしてしまうのだ。 
 (未来からガチムチ兄貴体型の戦闘用アンドロイドが暗殺に来るのか、ネズミが苦手でドラ焼きが大好物のネコ型ロボットがダメ人間の主人公を助けに来るのか、洋の東西の文化の差って大きいな) 
 ギリシャ神話のピグマリオンの時代から、男どもは「女性」を創造する事に血道を上げてきた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
 フリッツ・ラングの『メトロポリス』の人造人間マリアもそうだし、『鉄腕アトム』もまだ手塚の脳内にしかなかった頃はアトムが女の子だったというのは有名である。
 (先に挙げたマルチもそうだが『ちょびっツ』の「ちぃ」もそうか)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%B3%E3%81%A3%E3%83%84    
 アンドロイド、と言えば人間そっくりのロボットを指す古い言葉だが、これが初出すると言われるエドマンド・クーパーの『アンドロイド』でも、キャラとしての人造人間は「女」である。
http://home.catv.ne.jp/dd/fmizo/deadly.html
 (書物の帝国 『アンドロイド』)
 最近は「人造女性」というニュアンスが強いガイノイドという言葉も使われる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89
 先に挙げた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、女性側が読むとこうなる。
http://joekey.blog23.fc2.com/blog-entry-1166.html
 (la aqua vita 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)
 んん~んん♪んん~んん♪『ちょびっツ』の秀樹とちぃ。二人の身長差に注目 (さすがは腐女子、と言うべきか・・・。一言反論すると、優しく支配され物みたいに扱われる事を要求する女も多い、と言っておこう。優しいパパを捜し求める『ローゼンメイデン』や身長185センチの大柄な予備校生に拾われ育てられる美少女型パソコンの物語である『ちょびっツ』も、ともに作者は女性である。どちらも女性のファンがたくさんいる。需要には供給が付き物だ)
 男という生き物は競争と序列の中で生きるもので、また「ロボット」という概念は男が発明したものである。カレル・チャペックの戯曲『R・U・R』に初めて登場するが、当然最初から「労働力」「奴隷」つまり「所有物」「下僕」、序列上では人間の下という扱いであった。
 人間関係の中に、本人が好むと好まざるを問わず競争原理を持ち込む事が多い男は、恋人にも従順を要求してしまいがちなのである。(世間では競争させられる事が多いから、せめて彼女には優しくしてもらいたい。頼むからあまり無理言わないで欲しい、というのも本音である・・・)
 実際には彼女や奥さんの「尻に敷かれる」男も少なくないのだが(むしろ大半か)、形式上だけでも「主人」でありたいのが男なのである。世間体的に。
 最初に貼り付けた動画には自宅に何体ものラブドールを「所有」する男性が登場するが、彼の言い分では「ドールは現実の女性と違って騙したり裏切ったりしませんから」だそうである。
 ・・・一体どれだけ女性関係で苦労したんですか?と質問したくなるが、恋愛に闘争的な側面がある事を知らない男は幸福である、とも思う。彼の主張にも一理あると思う。
 ロイター通信やCNNニュースがわざわざ大きく取り上げたのは、ラブドールの完成度があまりにも高すぎてただのダッチワイフには到底見えないからである。女性器の貧相な代用品ではなく、女性そのものに取って代わる存在に見えるからなのだ。
 折から、日本のロボット工学者が開発する人間に似たロボットの長足の進歩が話題になっている。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0526&f=national_0526_017.shtml 
 (searchina【米国のアンケ】日本の夢?“ロボット”は何のために?)
 (アメリカ人には介護という仕事がどれだけハードかわかっていない。また女性というのは昔から人工的に身を装う生き物ではなかったか?化粧品を必要としない女性はむしろ少数派だろう?)
 ・・・一体いつになったらアメリカ人は「フランケンシュタイン・コンプレックス」から解放されるのだろう。(ちなみにフランケンシュタインの人造人間をただの怪物にしてしまったのはアメリカの映画である。あのおなじみのメイクですな)
 人類の友としてのロボット、人造人間を夢想した数少ないヨーロッパ人であるヴィリエ・ド・リラダンは、「理想の女性」としてのロボットを考えていたが、これには「永遠の女性」という一種崇高とも言える、半ば神々しい概念が伴って初めて実現を許されたものである。設計段階から「完全」である事を要求されているのだ。
 これに比べて日本のロボットはかなり人間臭い。
 『ドラえもん のび太と緑の巨人伝』より。ドラえもんは要らないから四次元ポケットだけよこせ、とか言うヤツとは友達になれない。 日本人なら知らぬ者無いドラえもんはトラウマまで持ち、ネズミの姿を見かけただけで飛び上がって怖がる。のび太を助けるために(時には渋々と)取り出す「道具」は優秀だが、二人揃って使い方を間違えて大失敗したりする(大抵のオチでは誰かが困っている結果となる)。
 『To Heart』のマルチもただ掃除が大好きな、人間よりも「使えない」ロボドジっ娘である。(当の本人も悩んでいる)
 (そういえばずいぶん昔にこういう絵を描いてましたよ私。http://hillmama.web.fc2.com/gebbsg/dora0001.html
 日本人は最初から完璧で高性能なロボットなど全く望んでいないのだ。(マルチって意図的にそういう仕様だった?)だからロボット三原則も無用となる。(『ちょびっツ』ではなぜロボットではなくパソコンなのか。これはロボット三原則を思い起こさせないための工夫なのだ)
 日本人にとってロボットは、概念上の存在であった頃からの友人なのだ。この事を知らないと「なぜ日本人が人間そっくりのロボット(ここではドラえもんなども含む)を作りたがるのか」、理解できないだろう。
 (優秀すぎる人って友達少なくないか?そういう人には逆に弱点、「人間臭さ」を演出する苦労があるらしい。ご苦労な事である)
 ラブドール愛好家の男性は数十年後にはそれこそ人間そっくりに動作するパートナーを手に入れるのだろうが、それはおそらくドジっ娘のロボットだろう。ヴィリエ・ド・リラダンとは逆のコースを辿って登場するのが、日本人の『未来のイヴ』なのである。

 では生身の人間同士の恋愛は消滅するのだろうか?
 おそらくそうはならないだろう。
 ユングによると、人の恋愛感情は異性に対して自分のアニマ・アニムス(平たく言うと理想の異性のイメージ)を投影する事から始まる、という事らしい。
http://www.d4.dion.ne.jp/~yanag/anima.htm
 (性と文化の書斎 アニマとアニムス)
 ところがお互いに相手の理想像を演じきれなくなり「本性」を現すと、最初の「恋の危機」となる。
 (興味深い事に、ヴィリエ・ド・リラダンを高く評価した数少ない一人であるユイスマンスは自作『彼方』でこう言っている。「自分の考えた「ぼくだけの理想の彼女」を抜きネタにするのって最大最強の近親相姦だおっ!お兄ちゃんらめぇぇぇぇ!」)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%BC%E6%96%B9(ちなみにこの人もj.kだなぁ)
 ここでお互いを思いやって歩み寄れるか、それとも「騙された」「裏切られた」と破局へと至るか、大きく分かれるのである。
 人として成長するのは、相手を受け入れ、思いやって歩み寄れる人である。別に離婚する夫婦を悪く言うつもりは無いが(人にはそれぞれ事情があるからね)、離婚した元夫婦は少なくとも「本当にお互いを思いやって歩み寄る努力はしたのか?」という質問に答える義務はあるだろう。
 ユング派心理学を紹介した功労者の一人、河合隼雄氏によると、よくいるプレイボーイ、恋多き女、という男女は、自分の要求するイメージを強引に相手に押し付けすぎ、相手がそれに応えられなくなった途端に振ってしまうそうである。つまり、あるがままの相手を受け入れられない未熟な人間なのだ。(多くの場合、男はマザコンで女はファザコンだそうである。でもロリコン男にも多そうな気がするなぁ)
 ここでラブドール愛好家の男性に話は戻る。彼は本当に女性に裏切られ続けた末に「ドーラー」になったのだろうか?
 所詮ドーラーになる男など、人としては未熟極まりない、心の病を患った男なのだろう。
 あるがままの人間を受け容れられない、恋愛にまともに立ち向かえない男が、世間と健康で血の通った人間関係を構築できるはずもない。
 そんな男がゴロゴロいるとはとても思えないのである。
 またドーラーが急増した場合、あぶれた女も増え、男にしてみれば「売り手市場」である。
 「ドーラーがどんどん増えないかなぁ」と切に願う男も、おそらくいるぞ。たくさん。オレもだ。

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