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 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
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 やぁ、こちらではお久しぶりです。
 更新が滞りがちですが、副ブログの方にエネルギーの比重が傾いているだけかも知れません。
http://hillmama.blog37.fc2.com/

  
 最近よくレディー・ガガなるミュージシャンの事を見かけます。ド派手でケバいおねいさんです。
 ↓こういう人。

 濃い取り合わせですな(笑 フィーチャリングまそそそまそそそ、じゃねえマリリン・マンソンです。
 ↓動いて語ってる画。

 コメがなんかお友達を見守るような優しいものが目立つね。意外にもほっこりした気分になりました。
 で、彼女、子供時代はいじめられっ子だったそうな。現在の姿からは全然想像できないですな。
http://video.jp.msn.com/watch/video/%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC-%E3%82%AC%E3%82%AC%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%A7%BF/1tapqma7

 こちらは日本のド派手でケバいおねいさん、宝野アリカ氏です。

 私は宝野さんがヴォーカルと作詞を担当する音楽ユニットであるALI PROJECT(以下、アリプロ)の曲を日頃からよく聴いているんだけど、熱狂的なファンが「アリカ様」「アリカ姉様」と崇拝する宝野さんご本人については全くの無知でした。私の分類ではアイドルではなくてプログレバンドなんですよ。
http://dic.nicovideo.jp/a/ali%20project
(PVに登場する白塗り・隈取の怪人は麿赤児率いる暗黒舞踏集団「大駱駝艦」のメンバーの若林さん。やっぱりか。大駱駝艦のファンである宝野さんが無理言って出演してもらったそうです)
 アリプロの楽曲と演奏はずいぶん幅が広く、いかにも女の子らしく華やかで甘く愛らしいものもあれば、ダークで重厚なゴシック調メタルもあり、近年は右翼団体が喜びそうな勇壮で雄渾な和風ロックまであるんですよ。(それぞれ「白アリ」「黒アリ」「大和ロック」というそうな)
 複雑なコード進行にもかかわらず、決してもたれる事も無くすんなり耳に入り、決して耳から離れない片倉三起也氏の楽曲は実にすばらしい。
 また宝野さんの歌唱力もずば抜けており(いっぺんカラオケで歌ってみ、アリプロの曲は難しいぞ)、また豊かな語彙とその独特の文学的センスによる歌詞も、陰影と凹凸に富んでいて格調高く豊饒であります。
 これだけすごけりゃ、メンバーの素行とか性格とかは割とどうでもよくなるのは私だけですかね。そもそもよほど酷い人間なら何もしなくとも噂ぐらいは立つからね。
 で、ついおとつい、宝野さんご自身の「心の声」、というかその一端を知る事ができました。
 こちらも「いじめ」についての見解と意見です。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~alipro/bbs_08.html
 ・・・骨のある人ですね。いや、気丈で頼りがいのあるおねいさん、かな。
 原作では煎餅なんかも好物みたいだな真紅 アリプロというバンドのファン層は非常に広くて、アニメヲタクとゴスロリ少女という、両極端なのか親和性が高いのかよくわからない層にまたがっているんだけど(『ローゼンメイデン』あたりが結節点になるのか。ちなみに宝野さんもリボルテックの真紅を購入したらしい)、小中学生の女の子からすれば親切で心優しいお姉様なのかも知れないな。幼い女の子のファンも多いんじゃなかろうか。
 私もほんの少し、いやすごく、アリカ様のファンになりましたよ。

 いじめ、という悪しき習慣は、アイデンティティ(レディー・ガガの発言にもこの言葉は出てくる)が確立しきれていない成長期の子供によく見られる。要するに、「自分が何者であり、どういう人間であるか」確信が持てないから、目に見える数字である学校の成績の順位や得意科目の有無などで手っ取り早く自分(と他者)を規定し定義付けようとするのだ。そしてさらに高校・大学から就職先まで格付けし、どの辺りに入れるかで多くの人間の値打ちまで決めようとする。
 上か下か、そういう視野の狭い単純すぎる基準で人の価値を決めようというのだ。 
 このような不毛な習慣は、大人になるにつれ人間性の多様性(人は十人十色)に気づく事で消えていくものだが、中には子供時代から成長しきれずに大人になっても、過度の競争原理に取り付かれたまんまの哀れな連中も居る。(企業の上級管理職に多い。仕事はできても中身はガキだ)
(競争社会、というより過当競争社会というべきなのが現代社会なのだけど、従来これは男性社会特有の悪弊と言われてきた。だが昨今は女性もそうらしい)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100413/trd1004131155003-n1.htm
 競争原理自体は決して悪いものではない。努力しない者にまで、がんばって散々苦労して成功を手に入れた人と同様の評価を与えれば、それは悪平等というものである。努力する者はいずれ一人も居なくなる。世の中は腐っていく。
 人間的にも優れた人物でした。 競争する事=仕事という職業の最たるものはスポーツだろう。
 宝野アリカ氏やレディー・ガガといった人たちはミュージシャン、人間の多様性を商売とする人たちだが、いわば対極の性質を持つ職業であるプロスポーツの人の意見としては、こういうすばらしいものがあります。以下wikipediaより抜粋。
 ・・・スパーリング後、アンディは依頼者の少年の目をしっかりと見つめ、「自己流で格闘技を行い『自分は強い』と言う君を世間の人は笑うかもしれない。しかし私は決して君のことを笑わない。なぜなら私も少年の頃「空手の世界チャンピオンになる」と言って皆に笑われた。しかし私はK-1のチャンピオンになった。誰でもチャンピオンになれる可能性がある。だから私は手を抜かず真剣に君のスパーリングパートナーを務めた。私は君を笑わない。」と話した。
 「青い目のサムライ」とも呼ばれた、格闘家のアンディ・フグのエピソードです。
 どのような職業にも、立派な人は居るものですね。急性白血病による夭逝が惜しまれます。

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ひうぃっひひー。
 


 Twitter
(なじみにくいな字面的に。以下「ついったー」で)って日本社会的にどうなんでしょうね。
 ブログやHPに顔写真を平気で載せている人(というかむしろ積極的に自己アピール!?)も珍しくない陽性の国民性の国アメリカで誕生したついったーは、基本的に匿名社会である日本のネット社会ではちょっと違う様相を呈してきている気がする。
 本場アメリカの現状はどうなのか、英語の不得意な私はよく知らないのだが、日本ではそこかしこで痛い人が物議を醸してますな。
http://topics.jp.msn.com/life/column.aspx?articleid=246406
(msnトピックス 『夏目漱石の子孫がネットで大暴れ! 主婦に「このババア笑えるw キモい」』)

http://d.hatena.ne.jp/keyword/Twitter 
(はてなキーワード 『Twitterとは』)
 私も使ってた事があるけど、文章書くのが割りと好き、という人にはちょっと物足りないのだ。140字しか書き込めないから勢い、いくつかの「つぶやき」に分けて延々とつぶやき続ける破目になる。・・・これって何か意味あるのか?ブログに書いた方がはるかに楽だし読みやすい。
 だが愛用している人にとってはこの手軽さがありがたいらしい。まぁチャットのようなものだからね、リアルタイムで会話、気軽な世間話を楽しむには便利かも知れないな。
 また企業などの団体が広報活動の一部として利用するケースもあるようだ。

 1コメントわずか140字しか書き込めないのが一番の特徴であると同時に、問題なんじゃないかな。
 何か主張しようにも、気の利いた事を誰にでも納得できるように(つまり論理的に・冷静に)書き込むにはとても足りない。(どうでもいいようなくだらないつぶやきの垂れ流しを見せられるのが嫌になる時もある)
 きちんとした文章を書く人ほど(筋道立てて物事を考える人ほど)ついったーから離れやすい傾向があるように思える。少なくとも、ヒマがあったらついったーに貼り付いている、という事にはならないだろう。
 気軽な会話を楽しむには便利かも知れないが、気軽な会話しか楽しめないとも言える。
 短い言葉は意味が拡がりやすく誤解が生じやすい。しかも誤解を解くにしても手間がかかり回りくどくなる。
 また短い言葉では「考え」ではなく「感じ」、「思考」ではなく「感情」、「思慮」ではなく「無分別」しか伝えられない。 嬉しいとか楽しい、といった他人にも好ましい感情の吐露もあるが、愚痴も決して少なくない。

 ついったーという場所はちょっとした思い付きや感じた事を簡単に書き込みやすいせいか、他人の陰口をついつい書き込んでしまう人も多い。陰口というものは冷静な思考の結果に出た批判とは言いがたく、大抵の場合は誰かを感情的に罵倒しているに過ぎない。第三者全てを納得させるどころか、ただ嫌な気分にするだけである(だから公衆の面前では発言できず陰口になるわけだ)。
 ところがついったーはそのパッと見のイメージとは裏腹に、世界的規模のネットコミュニティなのである。
 ここで陰口を叩く人は本人の意図とは逆に、陰口を全世界に向けて発信している事になる。
 ・・・問題が起こらない方が不思議ですよ。
 (夏目一人氏はフォロワーが少ない事を馬鹿にしているが、ご本人は彼の痛い発言見たさにフォロワーが群がっている事にお気づきではないらしい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E7%9B%AE%E4%B8%80%E4%BA%BA

 私も特定の個人を批判する事があるが、できるだけ単なる悪口にならないように気をつけている。
 (もちろん、ブログの記事として書いている。どうしたって140字じゃ収まらないからだ)
 なぜその人がダメなのか、どこが気に食わないのか、極力詳細にわたって述べ、客観的かつ冷徹な分析を試みるのである。第三者にも納得のいくように努力して悪口を言えば、大体はただの悪口にはならない。
 これはもうちゃんとした批判であり、これに対して応じるにもやはり客観的かつ冷徹な態度が要求されるのだ。議論が発生してもいきなり不毛な罵倒の応酬には(結果的にそうなる事はあっても)ならないだろう。
 ついったーで他人の悪口(陰口)を叩きたくなった人は、ブログの記事として他人に読んでもらう事を前提とした400字以上の文章としてまとめてみてはいかがだろう。少なくとも軽薄な陰口は減ると思いますよ。
 批判の対象となる人が本当に批判されるべき人ならば、そのまま批判として文章が成立するし、ただ自分が感情的にその人物を嫌っているだけなら、文章を書くうちに否定的な感情が消滅する事だってあり得るのだ。
 (それでも私は口を極めて罵倒している時があるが、それは罵倒されている人が私を本気で怒らせているからである。そういう事もあるのです。・・・私とて人格者とはとても言えない人間だから大目に見てください)

 他人が陰口を叩くのを見つけて、これをネタに陰口を叩くのが好きな輩も多い。
 個人の名誉に関わるのでここでは紹介しないけど、ついったーって結構晒されてるのだ。
 他人のゴシップで甘美だが汚らしい優越感に浸って劣等感を慰め、自分の可愛らしいプライドを満足させてアイデンティティを維持しないと生きてはいけない、そういう小市民はごまんと居ます。結果、(本人が知らないところで・望みもしないのに)大声でつぶやいてしまう人が多くなるのですよ。
 格闘技であれ芸術であれ、心・技・体の三位一体を追求するのは日本人特有の美風だと思う。(心の弱い横綱は祖国に帰れッ!)
 が、他人にばかりこれを要求して自分自身は疎かにしている怠惰で甘ったれたいい加減な人の多い事多い事。それじゃただのヘタレの小市民でしかないのにねぇ。誰かを公然と叩くためのネタを探す努力に傾注するエネルギーを、もっと健康で建設的な意図に用いた方が、よっぽど世間のため・自分のためになると思うんだが。

 創作家(芸術家という名称はここでは使わない)、自己表現に熱中する人種は創造的ではない人に比べ、心に何らかのもやもや、不満とか不安を抱えている事が多い。多く抱えている人ほど優れた創作家だという意見もある。身もフタも無い言い方をすると「心の病」を抱えてるって事ですよ。
 だが世間は創作家に英雄的な芸術家のイメージを押し付けがちだ。この事自体は創作家に対して知らず尊敬の念を抱く良い文化、習慣かと思う。創作家が馬鹿にされる国はろくなもんじゃない。(全体主義国家の大好きな「英雄」称号を与えられた芸術家などは、ほとんどの場合ただの御用作家である)
 自身に自己表現の素質を持たない人ほど、安易に創作家を尊敬しがちである。何がしかの創作家である人はあまり他の創作家を(才能を高く評価する事はあっても)神の如く崇め奉る事は少ない。自分の同類の事は容易く想像がつくから。リスペクトという言葉には崇拝というニュアンスは皆無である。
 (CGの知識を持たない人ほどフィルタ効果やテクスチャを濫用したキラキラテカテカピカピカした「一見美麗」なCGをベタボメするけど、ある程度の経験がある人には、あれはかえって恥ずかしい絵なんですよ。素人臭くって。実際に下描き・線画のみだと貧弱な絵が多いのはそのせいもあると思う)
 尊敬や崇拝の反動は極めて大きい。高い評価が不正によって得られたものである事が発覚したり、人間性に問題があると知られた(と思われた)途端に、手の平を返したような非難の嵐となる。
http://honihoninosu.blog41.fc2.com/blog-entry-65.html
(ほにほにの巣 『電撃大賞で選考委員奨励賞を受賞した「しろきつね」さんが大量のパクリで炎上→謝罪→逃亡』)
 絵描きの人のついったーがよく晒されるのは、尊敬・崇拝の念の急激な裏返しでもあるのだろう。
 だが優れた技の持ち主は、自分の美しい部分を見せる技に長けているだけで、必ずしも人間的にも優れているとは限らないのだ。(もちろん人間的にもすばらしい人だって居るには居るが、やはり多くは居ない)
 醜い部分を見つけて囃し立てるよりは人間的な弱さに同情し、甚だしい時は注意をし、美しい部分をより多く愛でる方が、人として立派な態度とは言えないか?

 人を嘲笑えるほど立派な人は多くないし、またそれほど立派な人は他人を嘲笑ったりしないものだ。




【ニコニコ動画】オレ選アニソン名曲集 DISC2 TRACK1 『片道きゃっちぼーる』

 話題が硬くなったのでちょっとまったりしませう。ほにほに いつもか~みあわない♪
 ・・・意外に深い歌詞だったりするよ、この曲。コミュニケーションにはいつだって苦労します。

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 ヲタク文化、というか現代日本文化そのものについて、何かやばい空気になってきてます。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1429873.html
(痛いニュース(ノ∀`) 東京都「顔や声が18歳以上に見えない二次元キャラを『非実在青少年』と定義して規制する」)

http://alfalfalfa.com/archives/387768.html
(アルファルファモザイク 【コミケ】石原都知事、漫画・アニメ・ゲームの根絶を宣言。【壊滅】)

http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50995811.html
(アキバBlog 「“非実在青少年”規制における、角川書店の挑戦?」)

http://ameblo.jp/hiryoyasyohyou/entry-10423218423.html
(クリエーター支援&思想・表現・オタク趣味の自由を守護するページ 「書協・雑協が、都青少協の答申に反論意見書を提出 単純所持規制にも言及」)

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%F3%BC%C2%BA%DF%C0%C4%BE%AF%C7%AF
(はてなキーワード 「非実在青少年とは」)

http://mitb.bufsiz.jp/
(東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト )

http://miau.jp/1260428400.phtml
(MIAU 「第28期東京都青少年問題協議会答申素案に対する意見書を提出しました」)

  実際、非常に危険な状況が進行中とも。
http://d.hatena.ne.jp/marinba/20100307#20100307fn4
(3日坊主のメイドさん 「■[規制論]「緊急集会!どうなる都条例!?」に行ってみた・その1」)

 この法案が通過すると、適用可能な範囲で条項が拡大解釈され、悪用される危険性が大きい、という指摘がある。・・・極端な話、北朝鮮や旧ソ連、戦前戦中の日本やナチス・ドイツみたいな超管理社会・全体主義国家の出現という暗い未来もあり得る、という事(ちょっと極端だけどね)。
http://d.hatena.ne.jp/nakakzs/20100228/1267302518

(空気を読まない中杜カズサ 「東京都青少年育成条例改正案における表現規制の危険性について語る」)

 石原慎太郎氏ご本人も、自身過去に身に憶えがおありかと思うんだが。
http://d.hatena.ne.jp/nakakzs/20100228/1267311270

(空気を読まない中杜カズサ 「とある非実在青少年が性行為を行う小説」)
 

 オレ個人は腐女子もロリペドも大嫌いなんだけど、正直な話、諸手を挙げてのマンセーはしかねる。
 この状況はもしかしたらもっと危険かも知れないぞ?
 ダニやゴキブリを退治するために家ごと燃やしてしまうような事になりかねないのですよ。
 何かできる事を、考えて欲しい。

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 なんかまたパクリで世間が大騒ぎしてるらしいね。
http://honihoninosu.blog41.fc2.com/blog-entry-65.html
(ほにほにの巣「電撃大賞で選考委員奨励賞を受賞した「しろきつね」さんが大量のパクリで謝罪」)

http://lohas.nicoseiga.jp/priv/331729?e=1266933891&h=d7a1129b2fdd49749176ca07d1d80cb493ac5768
http://seiga.nicovideo.jp/bbs/sg4462/1-
(ニコニコ静画 Pixiv増刊号 春のトレパク大特集)

 エルリックってデカダンっぽい空気をまとってるけど実は結構熱い男だぜ!

 ちょうど水澤さんのブログで「エルリック・サーガ」の天野先生の表紙絵についてコメントを書いていた矢先の出来事でありました。何か不思議な暗合ですなぁ。(水澤さんもムアコックのファンらしい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%82%B3%E3%83%83%E3%82%AF 

 天野先生も面目丸つぶれだなぁ・・・トレパク作家を絶賛するなんて。
 まぁパッと見でわかる人なんてそんなにいないんだけどね。ますパクリ元の絵を知っていなければパクリは発見できないし、そもそもその道のベテラン作家が最近の若手の作家の絵に通じているとも考えにくい。
 でも世間の人らはそこまで考えないだろうなぁ。選考委員の顔ぶれを見ると、いずれもそうそうたる人たちなんだけど。諸先生がた、それにAMWの取締役さん、大変お気の毒に思います。
 次回からもっと事情に詳しい人材も選考委員に加える事をお奨めしますよ。
 ・・・というかアスキー・メディアワークス(合併してたんだね)の片一方のAsciiって、本来PCやITに強い出版社じゃなかったっけ?そういえばメディアワークスもヲタ相手の商売で有名な会社だったよな?

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 ネットの匿名性をめぐる議論というのは結構あったりするんだけど、最近もまたあったようです。
http://sankei.jp.msn.com/economy/it/091206/its0912061801000-n1.htm
(msn産経ニュース 【日本の議論】ネット上は匿名?実名? 勝間和代氏vsひろゆき氏の“議論”より)
 
 私なら国民総コテハン制を提唱しますな。(京阪乗る人は「おけいはん」である)
 何で匿名による発言が好まれるかというと、実名だとネット上での発言が実生活に好ましくない影響を及ぼす危険性もあり得るからです。
 「実名で言えない様な発言の内容などろくなものじゃない」という意見もあろうが、実名または信用が置ける看板において発信される情報や発言される主張が、必ずしも正しいとは言い切れない、むしろ虚偽妄言、デマ、捏造、偏向報道・印象操作である場合も多い、というのが世間の実情である。近年はその傾向が特に酷い。
 「アサヒる」という新語が流行語にまでなったのは記憶に新しいかと思う。朝日新聞は日本三大紙の一つであり、社会の木鐸として長く信用されてきた新聞である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%92%E3%82%8B%E5%95%8F%E9%A1%8C


【ニコニコ動画】落語 「阿弥陀池」 桂春團冶(二代目)
(日本で初めてマスメディアによる情報伝達が注目されたのは日露戦争当時。刻一刻と変わる戦況報告は社会の耳目を集めた。この落語が作られたのは日露戦争直後の事であり、上方の噺家の桂文屋の作である。ブンヤという名前もどこか人を食ってますな。桂春團治という名跡は有名な初代から三代続いているが、いずれも名人である。当代の三代目春團治師は二代目の息子さんで、上方落語四天王の一人として戦後の上方落語復興に功績のあった人)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E6%96%87%E5%B1%8B
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E6%98%A5%E5%9B%A3%E6%B2%BB
↓ざこびっち版。
【ニコニコ動画】【落語】桂ざこば 『阿弥陀池』

(海外では新聞は大衆紙と高級紙に大別される事が多い。「良識ある層」とされる人々は政治経済・文化などを扱った高度な記事の高級紙を購読し、「労働者階級」はもっと砕けた内容の大衆紙を読むもの、とされているのだ。海外では高級紙は発行部数が少なく、大衆紙は多い。従って日本の三大紙の海外特派員などは自社の発行部数を公表したがらないそうだ。大衆紙の社員だと思われて軽く見られるからだそうである。日本では逆であり、ウソが少なく公明正大で冷徹で客観的な情報を伝えるクオリティ・ペーパーである事が社会的信用に直結し、それが大衆の好むところとなった。零細企業の安サラリーマンのお父さんも日経新聞を読むし、巨大企業のCEOも阪神ファンなら『大スポ』を読むのである^^)
 マスメディア関係者には「情報操作によって社会を操っているのは我々であり、然るに我々は神に等しい存在である」と勘違いしている邪悪でしかも愚かな人もいるだろうが、一般大衆もまんざらバカではない。新聞や雑誌、TVなどマスメディアの情報がウソ偽りの無い公明正大で冷徹で客観的なもの、と信用されてきたのは過去の話で、実際には各々の利益のために多かれ少なかれ「編集」されている現実をみんな知っているのだ。
 近年では新聞や雑誌、TV局といった既存の大手メディアが厚顔無恥にも大きな顔をして触れ回るいい加減な情報より、ネット上でリアルタイムで発信される匿名の内部情報の方が信用が置ける、とされている。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid268.html
(ぼやきくっくり 『TBSの捏造・不祥事の歴史』)

 人は「ここだけの話なんですが・・・」という殺し文句に弱い。
 1991年に起こったソ連8月クーデターはわずか数日で鎮圧されてしまった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E9%80%A38%E6%9C%88%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%BF%E3%83%BC
 ペレストロイカなゴルビーちゃん。でもクーデター起こした人にはこの人が指名した者もいたそうな。飼い犬に手を噛まれたとはこの事よ これは一つに、クーデター政権が海外から支持を得られなかったのも大きいだろう。詳細な情報が英文のファックスによって他の国々のメディアに逐一伝えられたからである。主だった国々の政府は「政府公式声明」を信用せずクーデターを支持しなかった。名も無い一市民のファックス情報を信じたのである。
 ただ、この内部情報が必ずしも公明正大で冷徹で客観的であるとは限らない。そう信じられやすい事を逆手に取ったデマ、ガセネタだって少なくないのが現状だ。この手の情報操作に踊らされる人だって多いのだ。
 匿名掲示板などでは悪意のこもった誹謗中傷が多く、また好まれる傾向が強い。私怨による偏った書き込み・歪んだ見解であっても敢えてそれを支持する輩も多い。(匿名で他人を否定する事でしか自己主張できない、というのは大変かわいそうな人たちだと思うが、そういう人ほど自分の姿が見えていないものだ)
 反論しようにも「本人乙!」などと攻撃された本人として扱われ周囲から袋叩きに遭ったりする。こういう「コミュニティ」に何も知らない人が迷い込んだりしたら虚偽の情報であっても鵜呑みにしてしまう恐れが大きい。(実際に本人が登場する場合もある。これを「光臨」と呼び、煽ってわざわざ招くような発言を「召喚」と言ったりする。・・・どこぞのRPGですか)
 匿名だからこそ真実が伝えやすい、伝えられる、というのも確かだが、反面それは無責任な発言でもある。
 実生活に好ましくない影響がある、というのなら固定ハンドルネーム(ネット上での公的な名刺のようなもの。コテハン)でも構わないのではないか?少なくとも実生活には直接的な影響は無いだろう。
 一方、「どの発言は誰(どのコテハン)のものか」という記録は残そうと思えばしっかり残るし、それが犯罪性が濃厚であるものならば然るべきところへの通報も容易だろう。出所がわからないから無責任または悪意ある匿名情報、流言飛語が飛び交うのだ。また「個人」として注目されると、人は無責任な発言をしないものだ。
 それでも、コテハンが一つしかないと不自由だ、という人も居るだろう。ネット上を主な自己表現の場所としている人にとって、固定ハンドルは本名と変わらない、いやそれ以上の重さを持つ。小説家やマンガ家のペンネームと同じものだからね。
 別に固定ハンドルネームが複数、多すぎない程度に(多くても5~6個ぐらい?)あっても構わないかと思う。記録には残るんだし、これでも無責任な発言は控えるようになるだろう。

 昔から幾つかの国々には本名を名乗る事を避ける文化的伝統がある。本名を「諱」、忌み名といって日常的な使用を避け、普段は通称である「字」(あざな)を使う習慣がそれだ。
http://www.weblio.jp/content/%E5%BF%8C%E3%81%BF%E5%90%8D
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%A1
 本来は呪術的な意味合いが強く、貴族など一部の人のみの習慣だったのだが、近世以降は庶民にまで一般化してしまった。
 絵師などがその一門特有の「ペンネーム」を名乗るのもそれだし、江戸時代初期までは「狩野」を名乗る事を許された絵師でなければ仕事が無かったほどである。呪術をかわすための囮、デコイであった仮名が独自の積極的効果を持ち、主張を始めたのはその頃ではなかったか。ブランド戦略の走りですな。
 また歌舞伎役者や噺家は代々伝統のある名跡を名乗る事も多く、この場合は名前ではなく「何代目」と呼んだりするのが通っぽいとされた。「6代目」といえば東京では三遊亭圓生を、上方では笑福亭松鶴(「つ、鶴光、は、破門じゃっ!」の師匠)を暗に指したのである。
 「春蝶やん」こと故・二代目桂春蝶。司馬遼太郎もファンだった。 (近年では年月の間を置かず同じ名跡を名乗るケースもあり、何代目かというのは従来より大きな意味がある。桂春蝶などは息子さんがごく最近先代である父親の名を次いだ。故人の方だと思ってるとイケメンのお兄さんが登場したりするのである。レコードなど音源が一般化してからは特に何代目であるかが重要になった) 
【ニコニコ動画】【落語】桂春蝶(三代目)「御先祖様」
 古来、豪族などが領地の土地の名前を一族の氏名として名乗る場合もあり、これは威勢を誇示するために効果が大きかったのではなかったかと思う。
 落語家を住所の土地の名で呼ぶのもこれに習ったのだろう。八代目桂文楽を「黒門町の師匠」と呼んだりした。
 「ぷにえ」ってどこかで聴いた名前だと思ったらこれでした。一見某少女マンガの単行本のようだが背景で炎上してるのは国会議事堂です。作者が作者だからなぁ(笑 打撃技など花拳繍腿!関節技こそ王者の技よ! また本名がその人物の仕事に似合わない場合だってある。キラキラテカテカした萌え萌えプリチーな絵を描く作家が本名「源田権太左右衛門」では売り出しにくかろう(笑 やはり「苺プリン」とか「ぷにえ」といった名前が望ましい。
(勘違いしたヲタが「ぷにえたん(;´Д`)ハァハァ」などと言ってアイドル扱いして関連商品をごっそり買ってくれるかも知れない。その「ぷにえ」たんが30過ぎたむくつけき毛深いおっさんだとしても・・・)
 現代の日本での字(あざな)は、平安時代の貴族のそれのような消極的な価値しか持たないのではなく、むしろ自己主張のための武器としての積極的価値を持つ。田中智子という平凡な女の子が「マリリン」なんていうケバい源氏名を名乗る事で大輪の夜の華として開花する事だってあるのだ。(最近のキャバ嬢のはもっと地味で凝った名前が多いみたい。源氏名というのは昔の宮中の女官などの呼び名に由来するが、ストーカーめいた常連客とのトラブルを避けるセキュリティ的意味もやはりあるらしい)
http://allabout.co.jp/interest/nightpleasure/closeup/CU20080515A/
(AllAdult 『源氏名ってどうやってつけるの?』)

 内部情報のリークなど、発信者の立場(状況によっては生命の安全も)にかかわる発言などでは匿名も致し方ないが、匿名でする自己主張ってどこか弱くないか?発言だけが一人歩きして、その背後の発信者は(当然ながら)消えてしまう。
 匿名ゆえの真実味もある一方、匿名ゆえの無責任発言も疑われる。これでは自己表現とは言えない。
 別に本名を名乗れとは言わない。特に匿名である必要が無ければ最低限、固定ハンドルネームで発言してはどうだろう。
 少なくとも匿名よりは無責任発言として疑われにくいし、「自己主張するのだ!」という気構えから自ずと毅然たる態度で発言するようになる。ウソが(無くなるとは言わないまでも)ずっと少なくなるのだ。
 そのコテハンを使って運営管理するブログやHPなどがあれば格段に信用がアップするのは言うまでもない。
 自説に対する反論への覚悟、気構えが備わっていると判断されるのだ。もちろんここで言うブログやHPとはコメントの書き込みができるものを言う。管理人個人へのメールフォームがあれば尚いいだろう。
 そういう態度で発言してさえいれば、匿名で他人を誹謗中傷するような卑しい気分など消し飛んでしまう。
 つまり・・・人格そのものも堂々と胸を張ったものに成長するだろう。

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[05/14 文をどこで止めれば言いかでわけわからなくなってる人、まあKYだろうね]
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プロフィール
HN:
j.k
性別:
男性
職業:
てんしょくってなに?
趣味:
やればできるこです。やりません。
自己紹介:
 王様の耳はロバの耳。そうハッキリ言う人です。
 王様は裸だ。そうハッキリ言います。
 王妃様も裸だ、とは言いません。うぇっへっへ。
カウンター
NHK時計ですよ。
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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