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 07年7月18日水曜日着手。   (広告および個人攻撃・誹謗中傷・個人情報の掲載・悪質な宣伝活動お断り。この警告を無視し禁止事項に触れた者には、IPの公開・プロバイダへの通報など厳重なる対応を取る事もあり得るのでそのつもりで。荒らすな!)
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 最近、中々疲れが取れない私です。どうも、根源的・本質的な部分が金属疲労を起こしているらしい。
 『海馬 脳は疲れない』の著者である池谷さんによれば、「懐かしいもの」には脳を活性化する効果があるらしい。「懐かしい」という感情そのものが好ましいものであり、これがマイナスの印象が強い記憶だと「懐かしい」なんて言わないわけです。
 今の自分より若い頃、疲れ果てた今の自分よりはるかに活力に満ち溢れていた頃の自分にまつわる記憶だから、ことに精神の活性化に役立つそうな。今20代くらいの若い人だって、子どもの頃の「懐かしい」記憶をたどる時、どことなくスッキリした気分・元気が湧き出てくるような明るく朗らかな気持ちになりませんか?
 ここ数日、自分がそれを聴いて育ったというような時代の音楽を漁る事が多いんですけど(疲れてるんだな、やっぱ)、こういう曲を見つけました。

 ドナルド・フェイゲンの『Century's End』。オサレでかっこいいでしょ。
 よく知らないんだけど、 『再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ』という映画のサントラに収録されたものらしい。ちなみに『24』のキーファー・サザーランドが友人役で共演しています。
http://blog.livedoor.jp/stainbeck/archives/51145591.html
(365日映画)
 主演がマイケル・J・フォックス、と聞いてちょっとヘナヘナしてしまう私ですが、サントラに参加しているミュージシャンの面々を見る限り、これは80~90年代くらいに流行った(んじゃないかな?)PV寄せ集め風のロック・ミュージカル調「音楽映画」の一つだったんではないかな?(DVD出てません。つまり、映画自体はそういう評価をされている)
 原作小説は高橋源一郎の訳で出ていたそうだが、こちらの方はそこそこ好評みたい。

 「きみはそんな男ではない
 夜明けのこんな時間に、こんな場所にいるような男ではない
 しかし、今きみのいるのは、間違いなくこんな場所なのだ 」

 作家としてデビューもしていなかったジェイ・マキナニー。
 原稿の一枚も書かず、夜遊をし、ある朝疲れ果てて部屋に戻り、
 自分の生活に嫌気が差してタイプ・ライターに打ち込んだのがこの言葉。
 そして、短編「午前六時、いま君のいる場所」が生まれ、
 そこから発展して「ブライト・ライツ」が完成した。
(上記リンク先のブログ記事より抜粋)

 今の自分、この惨めな境遇から抜け出したい。新しい自分へと脱皮したい。
 そう強く願うからこそ、人は夢を持ち理想に向かって突き進むのですが、出応えの無い、報われない日々が続くと、膿み疲れ、道に迷う事もあります。
 「オレが向かっている方向は、これで正しいんだろうか?」。
 いくら叫んでも、救いを求めても、誰も助けてはくれない。または救いの手が届かない。そういう事は少なくありません。(私の事を気にかけてくれる人もごくごく稀に居ないわけではありません。また私をベタボメしてくれる人もたまに居ます。ですが、それを全部素直に受け取れるほど純粋な心は、もう持ち合わせていません・・・)
 恃みにできるのは自分一人。ならば自分自身に真剣に向き合い、自分自身の心の声に耳を傾けるべきなのでしょう。
 
 「きみはそんな男ではない
 夜明けのこんな時間に、こんな場所にいるような男ではない
 しかし、今きみのいるのは、間違いなくこんな場所なのだ 」

 

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 おひさしぶりです(笑
 
 少し前から「チェブラーシカ」にハマってたりします。


 私は東欧やロシアで盛んな、あれらの国々独特のアニメが好きで時々無性に見たくなるんですよ。
 人形アニメ、この、日本や西欧やアメリカではほとんど見向きもされなくなったジャンルにいいものが多いですな。
(アメリカで近年たくさん作られるようになった3DCGアニメ、あれは人形アニメの変化したものかも知れない。チェコの人形アニメは第二次大戦以前からの長い伝統を誇るもので、これはさすがのナチス・ドイツも弾圧の対象にしなかったから生き延びる事ができたそうな。自国に優れた作家を持つ旧ソ連も、衛星国のこの文化を同様に扱ったのだろう)
 
 上の動画は、サルともクマとも付かない正体不明の生き物であるチェブラーシカと親友であるワニのゲーナ。
 最初、私はワニのゲーナというキャラに馴染めなかったのですよ。長い鼻面に鋭い歯が並んだ大きな口。
 一般にワニという大きな爬虫類は獰猛な肉食動物、というイメージが強い。実際に、やや小型のアリゲーターは滅多に人を襲わない(全く襲わないわけではないようだ)が、大型で外見に似合わず知能が高い(イヌやネコと大差無いらしい)クロコダイル種は毎年何人かの犠牲者を出す「マンイーター」である。
  ワニのゲーナはアフリカ出身であり、ナイル河にお祖母さんが済んでいるらしい。つまりクロコダイルなのである。(古代エジプトでも信仰の対象にされていた)
 ・・・若い頃は結構やんちゃしてたんじゃなかろうか(笑 でも50歳の彼は誠実で心優しい紳士である。
 
 物語は果物屋のオレンジの木箱からチェブラーシカが発見されるところから始まる。
 果物屋のおじさんは最初に動物園に連れて行くが、守衛のおじいさん(小銃を持っているのがいかにも旧ソ連らしい)が言うには「こいつはここでは引き取れないよ、学問上何という動物かわからないからね」。
(この動物園はゲーナの「職場」でもある。彼は「ワニ」として働いており、家から毎日出勤している)
 次に連れて行かれたおもちゃ屋でショーウィンドーで客引きの仕事をする事になるのだが、自分が何者であるかわからない、つまり社会に居場所が見当たらない彼は一人ぼっちのままである。(何者なのかわからない物珍しさが店の宣伝には役に立つ、と考えられた)
 同じ頃、一人暮らしをする孤独なゲーナは友達募集の貼り紙を作っていた。(当時インターネットはまだ無い。ちなみに原作の絵本では元々ゲーナが主人公) 
 町のあちこちに貼られた貼り紙を見たチェブラーシカ(彼の仮の住まいである電話ボックスにも貼られていた)をはじめ、様々な人たちがゲーナの家に集まる。
 一人ぼっちなのが自分一人ではない事を知ったゲーナは、一人ぼっちの人たちが集まる家を建てる事を思いつく。
 他人に意地悪をする事に喜びを見出すシャパクリャクばあさん(彼女も孤独なのだ)の妨害を撥ね退け、10日後ついに家は完成する。工事に携わった人たち(人間も居れば、キリンやライオン、イヌもネコもサルも居る。ライオンのレフ・チャンドルと子犬のトービクはゲーナの「友達募集」の貼り紙が元で知り合った間柄)は一緒に一つの目的に向かって努力する、という過程で仲良くなり、家が完成した頃にはすっかり友達になっていた。
 孤独な人たちが集まる家、ではなく、一緒に助け合って家を建てる、という行為が大事だった。家は幼稚園として活用される事になり、チェブラーシカはそこで働く事になる、というのが第1話のストーリーである。
 要するに、アイデンティティと自分の居場所をめぐる物語なのだ。

 第一作が作られたのが1969年。ソ連崩壊など夢のまた夢、米ソ二大超大国が核兵器を抱えてにらみ合っていた冷戦真っ只中の時代である。高度成長期の日本のGNPは前年の68年に資本主義諸国中で第二位に達している。68年の北ベトナム軍によるテト攻勢に衝撃を受けたアメリカが和平も選択肢に加えた頃か。
 どこの国でも、全ての人間が「何者か」である事を要求された時代だった。
(価値観の多様化というものは、冷戦構造が無くなった、いわば「大きな物語」が消滅してからの現象である。何が悪で誰が悪者で、何が正しくて誰が正義か、そういう事をハッキリさせなければならない時代が長く続き、そういう時代の社会では人は必ず、何者かでなくてはならなかった)
 意地悪い物の見方をすれば、チェブラーシカという人形アニメにプロパガンダ臭が臭わないわけではない。
 チェブラーシカは一見背格好や行動・言動からして、人間の幼稚園児相当の存在かと思われる。
 だが社会で働く事を義務と感じ、また憧れてさえいる(アイデンティティとは社会に参加する事である)。
 孤独な人たちが集まるための家を作る、という作業にも、共産主義国お得意の「団結」「労働」「建設」というモットーが見え隠れするようだ。共に働く事が、孤独からの解放につながる、という事か。
 「正体不明」のチェブラーシカは、労働に参加する事によって居場所を得たのである。
(ワニのゲーナでさえ動物園の従業員の一人である。動物も「労働者」であらねばならないお国柄か)
 北朝鮮の子供向けプロパガンダアニメを見た事があるのだけど、あれに比べればチェブラーシカははるかに政治臭が薄い。意識して見なければ気づかない。でなければ世界中で愛されるキャラクターにはなれなかっただろう。


 21世紀に入ってからチェブラーシカが有名になった日本だが、愛される理由の一つはやはりテーマだろうか。
 価値観の多様化が叫ばれ、文化的にも政治的にも少量多品目生産が当たり前になって久しいが、そのフリーダムな状況(善も悪も無い)ゆえに指針を見失って道に迷い、生き方がわからず孤独に陥る人は急増したのじゃないだろうか。自由ってある意味、大変なんですよ。自由なりに。
 共産主義国であった旧ソ連では、現代の日本ほど孤独に苦しむ人は居なかったのかも知れない。
 孤独な人が多い21世紀初めの日本だからこそ、チェブラーシカは殊更に愛されるのだろう。

 
 

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 何でだろうなぁ、ヲチスレでいじられるとむしろ元気になるんだよね、オレ。Mっ気は無いつもりなんだけど。
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/net/1273644091/
のコメント870から。
870名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!2010/05 /22(土) 00:29:39 ID:Pi4ucsJW0
j.kって相手を否定しつつ自分も同じことをやってる。

自分の尻尾を追いかけてぐるぐる廻る犬みたいね。

もう誰も相手にしてくれないj.kが妙に惨めで虚しい。


876 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2010/05 /22(土) 01:13:58 ID:ehiVhU2V0
j.kは前にpixivにいた頃からほんと1ナノも進歩が見られないな


878 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2010/05/22(土) 01:33:06 ID:/xFr5N160
              j.kマジで棲みついてるじゃねーか
塩撒け塩。あと破魔札と聖水もってこい

・・・等々。(笑


 時刻的にこちらのtwitterでのぼやきを見て書き込んだらしい。ヒマ人乙。
 ↓うちのついったー。
http://twitter.com/j_k_tarou
 
 誰かが言ってたけど、「一番辛いのは批判や罵倒さえもされない、全くの無視黙殺だ」というのは本当かと思う。
 一番過酷な拷問の一つに数えられるんだけど、光も音も一切無い真っ暗な部屋に閉じ込められるのはかなり苦痛らしい。終いには幻覚さえ見聞きするそうだ。
 
 オレはどうもドーパミンよりはアドレナリンの方が効く体質のようだ。そういえばいい気分の時はそのまま寝てしまう事も多いからね(笑
 そもそもほめられる事の方が少ないから、好都合といえば好都合かも知れないけど、やはりちょっとさびしいかな・・・。
 あ、ヲチ民(pixivウォッチスレ住民)というのはtwitterでの「つぶやき」すらこまめに拾って粗探しをするようなヒマ人が多いのだけど、そもそもtwitterという場所自体がちょっとした愚痴を垂れるための場所ではなかったか。愚痴というのは屁みたいなもの、時々出さないと健康に悪いものだよ。
 だから匿名でしかものが言えない小人物の揚げ足取りなんか気にせず、ドンドン愚痴るべきだと思う。
 あ、でも誹謗中傷はダメだからね(笑

  大体ただの匿名掲示板の書き込みごときにギャーギャー騒ぎすぎなんだよ。
 ブログが炎上でもしない限り全然何の影響も無いぞ、たかが2ちゃんねる。
(コメントが殺到すればサーバーの負担になる事は免れない。だがそれにしたって物理的なダメージでしかない)
 あんなもの何の知恵も度胸も無いヘタレのヒマ人が間違ったストレス解消に誰かを貶してるだけだよ。
 たかが匿名掲示板のコメントをまるで世論の代表・国民の総意のように勘違いするからあわてふためくんだよ。
 別に自分に落ち度が無いんなら、こちらからもドンドン晒してやればいいのだ。相手が個人のブログやtwitterを晒しているのに対して、こちらはあくまで匿名掲示板を晒しているにすぎない。どちらが悪質ですかな?(笑
 ネットというものはインタラクティヴなメディアなんだよ。その双方向性は活用しないと宝の持ち腐れだ(笑
 正直者なら、胸を張って生きろ。
 
 最後にうちのついったーから抜粋。
>「そういう愚痴を拾って揚げ足を取るなんて、幼稚な子供か頭の悪い閑人がやる事だ。愚痴なんて屁みたいなもんだ。人のひった屁を一々回収して「どうです、彼の屁はこんなに臭いんですよ」と大勢の人に吹聴して回るのはやめなさい。それは屁をひった当人より屁を集めて回った奴が嘲笑される痛い行為だぞ?」
 ちょうど140文字あります(笑
 

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 あぁ、気づいていない人も多いかも知れないので告知を。
 twitter、再開しました。

http://twitter.com/j_k_tarou

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 ↓例の事件についての、比較的穏やかなまとめ。

 どうやら主犯格は森小太郎と濱元隆輔の二人のようだ。
 これに、明らかに「暴挙」に気づいておりながら看過した、黙認どころかお為ごかしを装って煽っている節さえ見られるのが三輪士郎。この人物も同罪と言っていいのではないか?
(上の動画のUP者は「客観的報道」に努めたつもりか、あるいは三輪信者・・・ニコニコ動画で火消しに必死になっているのはこの連中か・・・なのか、三輪の名前があまり出てこないが、どうやら彼がコメントをしたのは確実らしい。「尾田先生の受賞作みて元気だしてください」と一人いい子ぶるより、この場は二人を諌めて止めるのが当然ではないか?私には彼が偽善者に見えて仕方が無い) 
 後の二名、夙庵と浜田よしかづは気づいてさえ居らず、ただ巻き添えを食らっただけ、というのが真相らしい。
(最後に出てくるヒラコー先生とは平野耕太氏の事である。『ヘルシング』の作家さんですね)

 まだまだ情報が錯綜していて、正確な事実がハッキリしないが、これだけは断言できる。
 プロ作家、しかも年齢的に分別にも一般常識にも不足が無いはずのいい大人(二人ともほぼ30代である)が、無断で頼まれもしない批評をして新人作家をクソミソに貶し、それをネット配信で全世界に垂れ流した、という事である。
 この事実だけは動かせない。冤罪の容疑者を公開処刑したようなものだ。この罪は決して軽くない。
 三人の作家の信者は論点をずらそうと血眼だが、どう控えめに見ても法的にも、そして道義的にもアウトなんだよ。



 ・・・殺伐とした空気なので、これでも見て和みましょう↓

 ・・・こちらも踊っているのは、ちょうど5人か。しかもミク。「はちゅね」だけど。
 後ろの二人の子は踊らなくていいよ。

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