07年7月18日水曜日着手。
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【ニコニコ動画】天元突破グレンラガン口上集
登場シーンで口上を述べるキャラというとポケモンのロケット団なんかが有名だけど、グレンラガンでも口上は大きな役目を持つ。カミナやシモン、その他のキャラが口上を叫んでいる間は敵もしっかり耳を傾けているのは、やはり「漢」のお約束か!?やっぱ萌えアニメより燃えアニメだよなっ!
・・・いやぁ大好きなんすよ、このアニメ。
注目すべきは制作会社。これ、作ったのはエヴァンゲリヲンのガイナックスなんですよ。
やたら難解で知的に構えたエヴァの反対側の究極にあるのがグレンラガンなわけです。
とにかく、熱い。この作品を見てると自分の抱えた悩みや課題がみんな小さく見えてしまう。
自分という人間が、そのついさっきまでの自分が小さく見え、今この瞬間の自分がとても大きく見える。何でもできそうな気がしてくる。何でもやらなきゃならない気がしてくる。
「俺を誰だと思っていやがる!」。この言葉を叫んだその時、何光年何十光年もの規模の大きさを持つであろう天文学的超巨大な敵でさえ、熱い拳を交わすライヴァルとなる。
「俺たちを誰だと思っていやがる!」。
男も女も、老いも若きも、人も獣も、敵も味方も、全て熱い血潮をたぎらせる。
そして、生も死も。喜びも悲しみも。全てを超越する。
【ニコニコ動画】_Libera me_ from hell
↑この曲、熱く燃えたぎる血潮が悲劇と絶望に対峙し、それを乗り越えようとする場面に流れる。
キタンが自分の生命を賭して強大な敵に突入する際にも流れた。
http://jacktar.blog.shinobi.jp/Date/20090815/1/
raw raw fight the power!(おう!おう!闘う力だ!)
【ニコニコ動画】[作業用BGM]天元突破グレンラガン・オリジナルサウンドトラックDisc1
小中学生が見ても当然面白いが、人生にくたびれた大人にこそ見てもらいたいアニメかも知れない。大人にしかわからないような人生の機微、人間の味わいがあるのだ。
カミナ兄貴もシモンも、ヨーコもニアも、実にいい漢、いい女である。
最終話ではいいおじさんおばさんになった彼らが登場する。しかし彼らは決してくたびれてはいない。
raw raw fight the power!
【ニコニコ動画】天元突破グレンラガン口上集
登場シーンで口上を述べるキャラというとポケモンのロケット団なんかが有名だけど、グレンラガンでも口上は大きな役目を持つ。カミナやシモン、その他のキャラが口上を叫んでいる間は敵もしっかり耳を傾けているのは、やはり「漢」のお約束か!?やっぱ萌えアニメより燃えアニメだよなっ!
・・・いやぁ大好きなんすよ、このアニメ。
注目すべきは制作会社。これ、作ったのはエヴァンゲリヲンのガイナックスなんですよ。
やたら難解で知的に構えたエヴァの反対側の究極にあるのがグレンラガンなわけです。
とにかく、熱い。この作品を見てると自分の抱えた悩みや課題がみんな小さく見えてしまう。
自分という人間が、そのついさっきまでの自分が小さく見え、今この瞬間の自分がとても大きく見える。何でもできそうな気がしてくる。何でもやらなきゃならない気がしてくる。
「俺を誰だと思っていやがる!」。この言葉を叫んだその時、何光年何十光年もの規模の大きさを持つであろう天文学的超巨大な敵でさえ、熱い拳を交わすライヴァルとなる。
「俺たちを誰だと思っていやがる!」。
男も女も、老いも若きも、人も獣も、敵も味方も、全て熱い血潮をたぎらせる。
そして、生も死も。喜びも悲しみも。全てを超越する。
【ニコニコ動画】_Libera me_ from hell
↑この曲、熱く燃えたぎる血潮が悲劇と絶望に対峙し、それを乗り越えようとする場面に流れる。
キタンが自分の生命を賭して強大な敵に突入する際にも流れた。
http://jacktar.blog.shinobi.jp/Date/20090815/1/
raw raw fight the power!(おう!おう!闘う力だ!)
【ニコニコ動画】[作業用BGM]天元突破グレンラガン・オリジナルサウンドトラックDisc1
小中学生が見ても当然面白いが、人生にくたびれた大人にこそ見てもらいたいアニメかも知れない。大人にしかわからないような人生の機微、人間の味わいがあるのだ。
カミナ兄貴もシモンも、ヨーコもニアも、実にいい漢、いい女である。
最終話ではいいおじさんおばさんになった彼らが登場する。しかし彼らは決してくたびれてはいない。
raw raw fight the power!
ここ数日、気がつけば「友達」という人間関係についてつらつらと考えている時があります。
仕事や学校での人間関係というのは皆お互いに自分を殺して接し合っているもので、これは自我・個性のぶつかり合いによる衝突を避けるため、物事を円滑に進めるために必要な心がけだと思うんですよ。
だが友人と言う関係ではこれが無い。世間で抑えてきた自分を解放し一緒に羽を伸ばすための間柄が友達である、と言えなくも無い。それゆえに遠慮が無いのです。
それゆえに時に意見が分かれ議論になる事もあるが、友達というからにはまず信条とかポリシーについては共通認識、見解の一致があり、人間として根本から対立する事はごく少ないのです。
年齢が若い人ほど友達も多いが、これは人格の分化、個性化がまださほど進んでいない年齢だとお互いに意見の一致を見るのが割合簡単なためだと思う。ある程度「大人」になり個性が発達するとお互いに異なる部分が目に付きやすく、また相手を気配って近づきにくく、中々親しくなれないもんですよ。
だから人は結婚して自前の家族を作るんでしょうなぁ。外国には遺言書で奥さんの事を(もちろん愛情を込めて)「最後までつきあってくれたただ一人の友達」と書いた男がいるそうですよ。
(個性化の度合い=「大人度」と見る事ができるわけだ。私は昔から意外に有名人でこちらの知らない相手から親しくされるような事も多かったのだが、子供の頃から脳内が老けていたのか、私本人は相手が思っているよりは距離を置き勝ちだった。今でもこれは変わらない。ただの馴れ合いには慣れる事ができない。考えが顔=言葉に出やすいのだ。それだけに「この人物は・・・」と見た相手には遠慮も無いが見限る事も無い。こちらを裏切らない限りは)
やっぱ自分を殺してまで友達ヅラして付き合い続けるのは良くない事だと思う。性格の合わない相手に対する不平不満を抑えつけ自分を騙し続けても結局は長続きせず、いずれは暴発してしまう。
私の場合、信用も信頼もしていない相手には適当に距離を置いているつもりでも、何故か至近距離・個人領域・絶対防衛ラインまで踏み込まれ、大喧嘩になる事が少なくないのですよ。
(「距離を置く」つまり私の場合・・・好きでもない人のブログや掲示板では長文は書かず、また頻繁に書き込む事もまず無いので、この信号はわかりやすいかと思う)
あぁ、私は「真剣に真面目にものを考える事ができる人」「他人に誠実な人」「努力家」「礼儀正しい人」「苦労人」が大好きです。
「不真面目で他人をぞんざいに扱い努力もせず他者の短所欠点をほじくり出しあげつらって貶す無礼なバカ」が大嫌いです。
友達づきあいについては、もうあまり無理をせず自分を殺す事無く、もっと自由に振舞おうと思う。あまり自分を抑えつけても、遠からずほころびるものだからね。好きは好き、嫌いは嫌い。
仕事や学校での人間関係というのは皆お互いに自分を殺して接し合っているもので、これは自我・個性のぶつかり合いによる衝突を避けるため、物事を円滑に進めるために必要な心がけだと思うんですよ。
だが友人と言う関係ではこれが無い。世間で抑えてきた自分を解放し一緒に羽を伸ばすための間柄が友達である、と言えなくも無い。それゆえに遠慮が無いのです。
それゆえに時に意見が分かれ議論になる事もあるが、友達というからにはまず信条とかポリシーについては共通認識、見解の一致があり、人間として根本から対立する事はごく少ないのです。
年齢が若い人ほど友達も多いが、これは人格の分化、個性化がまださほど進んでいない年齢だとお互いに意見の一致を見るのが割合簡単なためだと思う。ある程度「大人」になり個性が発達するとお互いに異なる部分が目に付きやすく、また相手を気配って近づきにくく、中々親しくなれないもんですよ。
だから人は結婚して自前の家族を作るんでしょうなぁ。外国には遺言書で奥さんの事を(もちろん愛情を込めて)「最後までつきあってくれたただ一人の友達」と書いた男がいるそうですよ。
(個性化の度合い=「大人度」と見る事ができるわけだ。私は昔から意外に有名人でこちらの知らない相手から親しくされるような事も多かったのだが、子供の頃から脳内が老けていたのか、私本人は相手が思っているよりは距離を置き勝ちだった。今でもこれは変わらない。ただの馴れ合いには慣れる事ができない。考えが顔=言葉に出やすいのだ。それだけに「この人物は・・・」と見た相手には遠慮も無いが見限る事も無い。こちらを裏切らない限りは)
やっぱ自分を殺してまで友達ヅラして付き合い続けるのは良くない事だと思う。性格の合わない相手に対する不平不満を抑えつけ自分を騙し続けても結局は長続きせず、いずれは暴発してしまう。
私の場合、信用も信頼もしていない相手には適当に距離を置いているつもりでも、何故か至近距離・個人領域・絶対防衛ラインまで踏み込まれ、大喧嘩になる事が少なくないのですよ。
(「距離を置く」つまり私の場合・・・好きでもない人のブログや掲示板では長文は書かず、また頻繁に書き込む事もまず無いので、この信号はわかりやすいかと思う)
あぁ、私は「真剣に真面目にものを考える事ができる人」「他人に誠実な人」「努力家」「礼儀正しい人」「苦労人」が大好きです。
「不真面目で他人をぞんざいに扱い努力もせず他者の短所欠点をほじくり出しあげつらって貶す無礼なバカ」が大嫌いです。
友達づきあいについては、もうあまり無理をせず自分を殺す事無く、もっと自由に振舞おうと思う。あまり自分を抑えつけても、遠からずほころびるものだからね。好きは好き、嫌いは嫌い。
おはようございます。深夜早朝にもかかわらず、アクセスが伸びてるねぇ(笑 ご苦労様です。
眠る事も忘れて、そんなに私が呻吟しもがき苦しむ様を眺めるのが楽しいんですか?(笑
(水曜日は早起きです。空き缶の回収がある日なんだが、アルミ缶を集めている人のために集積場に缶を出すためなんですよ。どうも出す時間は早い目の方がありがたいらしい。あの人たちは市内を広く回っているそうだから)
バーナード・ショーの戯曲に、「この世は実は地獄なんじゃないか。人は前世の罪の報いを受けるために苦しみ多いこの世に転生したのではないか?」という意味のセリフがあるそうだ。
あの世、というと源信やダンテのそれが有名だけど、子供の頃ふと疑問に思う事があった。
ずっと苦痛を与え続ければ亡者の方にも耐性ができて慣れてしまうんではないか?
おそらくは時々「休み時間」があるに違いない。午前9時就業で10時、正午、15時に休憩があり、10時・15時の小休止には笑顔の可愛い美人の鬼がお茶と(もらいものの、または手作りの)お菓子を出してくれる。17時には定時で終業、後は鬼と亡者が仲良く居酒屋で飲みカラオケで歌うんだろう。(定職に漏れなく就職できる分、この世より居心地が良いかも知れない。完全失業率0%ですよ) 何が責め苦かって、そりゃあ営業ノルマの達成っすよ。できなきゃ草深い地方の支社・営業所に左遷、下手すりゃリストラ^^(でも責め苦が義務だから完全失業だけは無いと思うぞ)。
中世の時代に比べれば社会はずいぶん変わった。地獄もずいぶん変わった事だろう。
今自分が居る場所についての認識も、苦痛への耐性に無関係ではないだろう。「自分は地獄に落とされたのだ」と明確に境遇への理解がある者と、「何で自分がこんなに苦しい目に会わなければならないのか」と人生に対する疑問を抱え煩悶する者とでは、さてどちらが苦しみが大きいだろう。
私が閻魔大王ならば、やはり亡者がなぜ苦しみ続けねばならないのか、理解できないように巧妙に地獄を「この世」として偽装する。そして亡者に己が罪についてつらつらと考えさせるだろう。
だが地獄というものは刑務所のような矯正施設ではないらしい。矯正施設ならばそのようなプログラムが全く見当たらないはずが無く、ただただ苦痛を与えるだけの場所であるはずも無いからだ。(言うまでも無く死刑制度は無い。だが浄玻璃の鏡で生前の罪状を見せ付けられたくらいで人は納得して裁きを受けるだろうか。そのような亡者なら良心の呵責と罪の意識がまず裁きとなるだろうし、そもそも地獄に落ちるはずが無いだろう?)
「この世」からして、なぜ自分が苦しみ続けねばならないのか理解できないのに、「あの世」が「この世」に比べてマシである必要など更々無い。
古代ギリシャ人の考えた地獄の一つに、水も食べ物も手の届く所にあるのに、近づくと清らかな小川は遠ざかり、果実がたわわに実った樹の枝は高く持ち上がる、というものがある。
亡者の喉は渇き、空腹が満たされる事も無いのに、死ぬ事もできないのだ。死んでいるんだから。
あの頃、友人たちや心の底から愛していた恋人は何百キロもの彼方に居り、お金も時間も無い私は会う事さえ適わなかった。
誤解し冷たい目で見る社会に居場所を求めるために努力をしたが、才能が評価される事も無かった。
代わりに与えられたのは子供の頃から大嫌いだった両親、身体の自由が利かなくなった両親の介護、という「役割」だった。(多分今でも大人用の紙おむつを取り替えるのは巧いと思う)
それでも、日に日に心も身体も悪くなっていく連中の状態を少しでもマシにしようと、どれだけ骨を折った事だろう。(ウソではない。あの頃、私に与えられた数少ない人間関係が主に彼らだったからだ)
「理解力に乏しい劣悪な知性の持ち主は人格でも大きく劣る」という残酷だが冷徹な真理を「あらためて」痛感させられたのはあの時期だった。
『ハトのおよめさん』というギャグマンガがあるが、その登場人物の一人、年取った猿のセリフに「動物は歩けなくなったらおしまいだ」というのがあった。ウチの両親は人間らしいところは少しも無く、あるのはただ自己憐憫だけだった。介護する側も大変なんだぞ。外見だけでも人間に生まれついてよかったな。・・・それでも親類縁者や近所はほとんど助けてもくれなかったけどな。
(母親は寝たきりの上にアルツハイマーまで併発して昼も夜も区別がつかず、深夜によく大声を出した。もう自分が何だかわからない者を黙らせるには殴るより他無いんだぞ)
両親がさんざん私を苦しめてから逝って何年も経つが、あの時期に比べればずいぶん楽になったが、相変わらず私は一人ですよ。友達も恋人も居ないよ。もう自前の家族も作れないよ。貧乏だからね、相応の地位や名誉や財産が手に入る見込みもほとんど無いからね。一匹のメスネコだけが家族だよ。
昔、友達が、ある車椅子生活者の事を話してくれた。
その身障者は下半身不随で歩けないというだけで、知能そのものはむしろ高い人なのだが、自動販売機でドリンクを買う時に時々不愉快な思いをさせられるらしい。
親切のつもりで代わりにドリンクを買ってやろう、という申し出が時々あるのだが、その時の先方の態度が、まるで幼児をあやす大人のようなものだというのだ。
ムッとして「自分でできるよ」と言って申し出を断るとやっと「大の大人を子ども扱いする」という自分の誤りに気付いて申しわけ無さそうにする人もあるが、頭の悪い者だと自分のした事は棚に上げて不愉快そうな表情になるらしい。
困っている人を助ける時は、決して上から目線になってはいけない。彼らにも一個の独立した自我、立派な人格があり、困っているからといって幼児期に退行しているわけではないのだ。
優しく親切にしているつもりが、上から目線になっていないか?困っている人を見て知らず知らずのうちに卑しく汚らしい優越感に浸ってないか?
(24時間テレビの募金に郵便局や銀行を利用する人も多いが、小銭を入れた空き瓶が洗われておらず硬貨が腐ったジュースでベトベトしていたり、酷いのになると1円玉に「メッセージ」とやらを書き込む輩も居るらしい。「行為自体は困っている人を助けたい、という非常に崇高なもの人間らしい優しさに満ち溢れたものですが、できればそれを扱う人間の事も考えてくださるとありがたいです」との事だそうだ。相手の事もろくに考えずに、ただ「親切で優しい自分」に酔い痴れたいだけなんじゃないの?と考えるのはちょっと「下衆の勘繰り」かな?立派な大人なら空き瓶を洗わないとどうなるかぐらい、普通に気配れると思うんだが?通貨に字を書くと違法になる事もね)
本当の意味で人に優しく親切にするのはとても大変なんだが、困っている相手・救いを求めている相手も一人の人間、一個の人格の持ち主である事を忘れないで欲しい。
見下されて親切にされるのって、施された方はとても惨めな気分になるんだぞ。
【ニコニコ動画】妹が作った痛い RPG「処女姉妹」
(高橋邦子さんは結構苦労人ではないだろうか。そんな気がする)
眠る事も忘れて、そんなに私が呻吟しもがき苦しむ様を眺めるのが楽しいんですか?(笑
(水曜日は早起きです。空き缶の回収がある日なんだが、アルミ缶を集めている人のために集積場に缶を出すためなんですよ。どうも出す時間は早い目の方がありがたいらしい。あの人たちは市内を広く回っているそうだから)
バーナード・ショーの戯曲に、「この世は実は地獄なんじゃないか。人は前世の罪の報いを受けるために苦しみ多いこの世に転生したのではないか?」という意味のセリフがあるそうだ。
あの世、というと源信やダンテのそれが有名だけど、子供の頃ふと疑問に思う事があった。
ずっと苦痛を与え続ければ亡者の方にも耐性ができて慣れてしまうんではないか?
おそらくは時々「休み時間」があるに違いない。午前9時就業で10時、正午、15時に休憩があり、10時・15時の小休止には笑顔の可愛い美人の鬼がお茶と(もらいものの、または手作りの)お菓子を出してくれる。17時には定時で終業、後は鬼と亡者が仲良く居酒屋で飲みカラオケで歌うんだろう。(定職に漏れなく就職できる分、この世より居心地が良いかも知れない。完全失業率0%ですよ) 何が責め苦かって、そりゃあ営業ノルマの達成っすよ。できなきゃ草深い地方の支社・営業所に左遷、下手すりゃリストラ^^(でも責め苦が義務だから完全失業だけは無いと思うぞ)。
中世の時代に比べれば社会はずいぶん変わった。地獄もずいぶん変わった事だろう。
今自分が居る場所についての認識も、苦痛への耐性に無関係ではないだろう。「自分は地獄に落とされたのだ」と明確に境遇への理解がある者と、「何で自分がこんなに苦しい目に会わなければならないのか」と人生に対する疑問を抱え煩悶する者とでは、さてどちらが苦しみが大きいだろう。
私が閻魔大王ならば、やはり亡者がなぜ苦しみ続けねばならないのか、理解できないように巧妙に地獄を「この世」として偽装する。そして亡者に己が罪についてつらつらと考えさせるだろう。
だが地獄というものは刑務所のような矯正施設ではないらしい。矯正施設ならばそのようなプログラムが全く見当たらないはずが無く、ただただ苦痛を与えるだけの場所であるはずも無いからだ。(言うまでも無く死刑制度は無い。だが浄玻璃の鏡で生前の罪状を見せ付けられたくらいで人は納得して裁きを受けるだろうか。そのような亡者なら良心の呵責と罪の意識がまず裁きとなるだろうし、そもそも地獄に落ちるはずが無いだろう?)
「この世」からして、なぜ自分が苦しみ続けねばならないのか理解できないのに、「あの世」が「この世」に比べてマシである必要など更々無い。
古代ギリシャ人の考えた地獄の一つに、水も食べ物も手の届く所にあるのに、近づくと清らかな小川は遠ざかり、果実がたわわに実った樹の枝は高く持ち上がる、というものがある。
亡者の喉は渇き、空腹が満たされる事も無いのに、死ぬ事もできないのだ。死んでいるんだから。
あの頃、友人たちや心の底から愛していた恋人は何百キロもの彼方に居り、お金も時間も無い私は会う事さえ適わなかった。
誤解し冷たい目で見る社会に居場所を求めるために努力をしたが、才能が評価される事も無かった。
代わりに与えられたのは子供の頃から大嫌いだった両親、身体の自由が利かなくなった両親の介護、という「役割」だった。(多分今でも大人用の紙おむつを取り替えるのは巧いと思う)
それでも、日に日に心も身体も悪くなっていく連中の状態を少しでもマシにしようと、どれだけ骨を折った事だろう。(ウソではない。あの頃、私に与えられた数少ない人間関係が主に彼らだったからだ)
「理解力に乏しい劣悪な知性の持ち主は人格でも大きく劣る」という残酷だが冷徹な真理を「あらためて」痛感させられたのはあの時期だった。
『ハトのおよめさん』というギャグマンガがあるが、その登場人物の一人、年取った猿のセリフに「動物は歩けなくなったらおしまいだ」というのがあった。ウチの両親は人間らしいところは少しも無く、あるのはただ自己憐憫だけだった。介護する側も大変なんだぞ。外見だけでも人間に生まれついてよかったな。・・・それでも親類縁者や近所はほとんど助けてもくれなかったけどな。
(母親は寝たきりの上にアルツハイマーまで併発して昼も夜も区別がつかず、深夜によく大声を出した。もう自分が何だかわからない者を黙らせるには殴るより他無いんだぞ)
両親がさんざん私を苦しめてから逝って何年も経つが、あの時期に比べればずいぶん楽になったが、相変わらず私は一人ですよ。友達も恋人も居ないよ。もう自前の家族も作れないよ。貧乏だからね、相応の地位や名誉や財産が手に入る見込みもほとんど無いからね。一匹のメスネコだけが家族だよ。
昔、友達が、ある車椅子生活者の事を話してくれた。
その身障者は下半身不随で歩けないというだけで、知能そのものはむしろ高い人なのだが、自動販売機でドリンクを買う時に時々不愉快な思いをさせられるらしい。
親切のつもりで代わりにドリンクを買ってやろう、という申し出が時々あるのだが、その時の先方の態度が、まるで幼児をあやす大人のようなものだというのだ。
ムッとして「自分でできるよ」と言って申し出を断るとやっと「大の大人を子ども扱いする」という自分の誤りに気付いて申しわけ無さそうにする人もあるが、頭の悪い者だと自分のした事は棚に上げて不愉快そうな表情になるらしい。
困っている人を助ける時は、決して上から目線になってはいけない。彼らにも一個の独立した自我、立派な人格があり、困っているからといって幼児期に退行しているわけではないのだ。
優しく親切にしているつもりが、上から目線になっていないか?困っている人を見て知らず知らずのうちに卑しく汚らしい優越感に浸ってないか?
(24時間テレビの募金に郵便局や銀行を利用する人も多いが、小銭を入れた空き瓶が洗われておらず硬貨が腐ったジュースでベトベトしていたり、酷いのになると1円玉に「メッセージ」とやらを書き込む輩も居るらしい。「行為自体は困っている人を助けたい、という非常に崇高なもの人間らしい優しさに満ち溢れたものですが、できればそれを扱う人間の事も考えてくださるとありがたいです」との事だそうだ。相手の事もろくに考えずに、ただ「親切で優しい自分」に酔い痴れたいだけなんじゃないの?と考えるのはちょっと「下衆の勘繰り」かな?立派な大人なら空き瓶を洗わないとどうなるかぐらい、普通に気配れると思うんだが?通貨に字を書くと違法になる事もね)
本当の意味で人に優しく親切にするのはとても大変なんだが、困っている相手・救いを求めている相手も一人の人間、一個の人格の持ち主である事を忘れないで欲しい。
見下されて親切にされるのって、施された方はとても惨めな気分になるんだぞ。
【ニコニコ動画】妹が作った痛い RPG「処女姉妹」
(高橋邦子さんは結構苦労人ではないだろうか。そんな気がする)
昨日は不愉快な気分が抜けきれずに食欲も湧かず、ようやく深夜になってから無理やり軽く食べました。一日ウツだったよまだ引きずってるよ。(該当記事は非公開扱いにさせていただく。面白がって晒す幼稚な粘着野郎がいるからね。「彼」もレスをやっと読んだ事だし・・・)
確かに「ご指導願います」とは言ったけど普通に考えたらこれは「寸評お願いします」の謙譲的婉曲表現であろう事くらいわかりそうなものなのにコメント入れた人がことごとく(といっても全部で3人しか居なかったけど^^)「指導」しにかかったのには驚いた。寸評と言うのは、どこぞの2ちゃんねる住人みたいに超絶技巧のプロ作家であれ初心者の小中学生であれ区別無くとにかく貶しこき下ろし酷評しまくって相手を怒らせる非道ではない。
・・・そもそもそんなに酷い絵ですか、あれ。こちらとしても「デフォルメ効かせた微妙なポーズ」とはあらかじめ言ってあったのだが、やれ「上半身と下半身(の間)を切断してくっつけて短くしたみたい」だの「あんたは正確なデッサンが魅力と言うわけでもないから気にするな」だのくそみそに言われ、挙句の果てには絵付きで添削までされてしまった(苦
(無礼な話だよな、人を小僧っ子扱いですか。私なら相手が中学生の初心者でももっと気を配るぞ。相手が「具体的にはどういう感じですか?絵に描いてみてください」とでも言い出さない限り添削なんてしないよ。優れた創作家はたとえ腰低く奥床しく見えても、心の奥にはしっかり矜持というものが鎮座しているからだ。相手を尊重するならば、仮に相手が若年者であっても、呑んでかかるような教師気取りは絶対にしてはならない。これは相手の自主性を刺激し活性化するためにも重要)
後で気が付いたのだが、いずれの絵師さんも普段デフォルメキャラを多く描いている人なのだ。
あー、既にデフォルメされているため、さらにデフォルメする余地が非常に少ないキャラを描いているから、8頭身キャラの微妙なデフォルメが理解できなかったか。正直な話、こういう人はこちらとしてもお呼びではない。身長172センチ(Dカップ)の黒桑先生は8.5頭身くらいあるのだ。
(というか、何で私の周辺には萌え系の絵師さんしかいないのだろう。ホント孤独ですよ)
←証明のため去年の3月7日の記事の絵を貼っておくね。http://jacktar.blog.shinobi.jp/Entry/76/
(まぁウチのHPにお越しのかたは既に目にしておられるかも知れないけど)
男性雑誌のグラビア写真のポーズに長身のモデルが直立した(身長がわかるような)全身像があまり多くないのは、男性の多くが自分より小柄な女性を好むからかも知れない。座ったり寝転がっている姿勢だと身長は気にならないものだ。
人体にもパースがあるのは初心者ではない人なら周知の事実だろうが、8頭身キャラと5頭身キャラ、リアルタッチキャラと萌えキャラではどちらがデフォルメを効かせ易いか、取るのが難しいか。
言うまでも無く前者である。私が萌えキャラが嫌いな理由の一つは、顔を含めた人体に変化が付けにくくて(その代わり形を描く事自体は楽で簡単である。ジムよりボールの方が量産には向いているのですよ性能はともかく)描いていて退屈、という点だ。
あまりにムカムカしたので呼応して絵板に投稿された絵は絵板を含むbbs群もろとも削除させていただきました。あぁ、「しおしお」さん、あなたの絵が不愉快だったというわけではないのですよ。すぐ後に頼みもしないのに(模範解答的な面白みの無い)添削されたのが腹立たしいだけ。
(今気付いたんだが、萌え系の人ほど模範解答が好きだよな。18世紀の画壇で頭の固いデッサン厨の評論家、「業界人」たちに『グランド・オダリスク』の女体を「胴長すげぇぇぇぇぇ背骨が3本多いwwwフイタ」(←2ちゃんねるのpixivウォッチスレってこんな感じだよな)と酷評され嘲笑された「新古典主義」の大家ドミニク・アングルはむしろデッサンの鬼だった人。美麗で端正な美女麗人を精緻で古典的なタッチと見せかけて近代的な人体デフォルメを仕掛けて描いた先駆的確信犯。大胆なデフォルメこそしっかりした人体デッサンができていないと難しいのだ)
http://www1.megaegg.ne.jp/~summy/gallery/odalisque.html
(WEB美術館 『グランド・オダリスク』アングル)
まぁ遅かれ早かれbbs群は撤去する予定ではありました。
(これは本当。ブログが2つもある上に誰も使わない絵板が2枚もあるのは無駄じゃないか?メニューバーもゴチャゴチャするし。画像掲示板も要らないよな。個人向けメッセージならメールフォームが望ましいわけだし)
タイミング的にぶつかっちゃった、というのもあるのですよ。
あぁ、度重なる無礼な振る舞いに腹据えかねた「あの人」にだけはしっかり「絶縁状」を送らせていただきましたよ。
人を閉鎖的な真性ペドフィリアの残酷描写好きグロ大好き変態オナニー自己満足アウトサイダーアーティストと同列に扱うのみならず、他人のオリキャラの身体まで勝手に切断するとは何事ですか!(オレ、ペドとグロが大嫌いなんだよ)
そもそもこの人物、イラストSNSの自作の絵や自分のブログ記事に寄せられたコメントにろくにレスさえ返さないマナー知らず振りですよ。コメントが数十数百寄せられる人気作家でもマメな人は区切りを置いて時々レスするもんだぞ。
(私は無視黙殺されるのが一番嫌いだ。元ネグレクト児童のアダルトチルドレンなめんな)
(「自己顕示欲が強い人は子供の頃に親にあまり構ってもらえなかった人だ」と和田秀樹が言ってた)
また彼には、何かと言うと「先生に教わったんだが」とか「先輩はこう言った」とか「代々木アニメーションでは」とか「原稿の持ち込みで」とか、異常に「箔」を付けたがる習性があります。そんなに自信が無いんなら何も言うなよ。(代アニがそんなに偉いんかよ。オレはムサ美卒の女の子と付き合ってた事があるぞw幼馴染は大阪芸大に行ってたぞwつい最近、湯川専務が自分と同じ大学の先輩に当たる事を知りましたwあんなカラーのお笑い大学です(笑 ちなみに私は社会学部でした。今にして思えば美術系の学校に行くべきだったかと・・・)
【ニコニコ動画】CM ドリームキャスト 湯川専務シリーズ
「権威」に頼るってのは、私には逆に「自分には個性も応用力もセンスもありません」と言外に(無意識のうちに)白状しているようにしか見えないんですがね。
私が大喧嘩になる相手は決まってこういう人。過去に「彼」も含めて三人と口論になって絶縁しています。どの人も態度がでかくて偉そうなんですよ。根拠不明に傲慢な態度です。
あぁ、自信が無いから、逆に嵩にかかった態度で相手を支配しようとするのか。納得。
(人体とは一つの塊なのだがこの人の描く人体は頭部と胴体と四肢の動きがバラバラで連続性が無い。最低限デッサンを意識して描くならこんな身体にはならない。腕の曲がり具合と肘付近の筋肉の変化の描きわけも無く、「手」指先さえいい加減。そんなもん自分のを見れば簡単に描けるだろうに。スカートの中の股関節の状態が尋常ではない。そもそもキャラの身体に体重というものが感じられない。萌え系作家でも何となく重力に支配された人体を描いているものです。おそらくは描くに当たってせいぜいポーズ人形を参考にした程度なのでしょう)
あー、スッキリした。
「親友とは互いに相手を理解している間柄の人である」と誰だか言ってたけど、この定義に従えば私には間違いなく「親友」は居ない事になるなぁ。誰一人理解しようとさえしてくれないよ。
確かに「ご指導願います」とは言ったけど普通に考えたらこれは「寸評お願いします」の謙譲的婉曲表現であろう事くらいわかりそうなものなのにコメント入れた人がことごとく(といっても全部で3人しか居なかったけど^^)「指導」しにかかったのには驚いた。寸評と言うのは、どこぞの2ちゃんねる住人みたいに超絶技巧のプロ作家であれ初心者の小中学生であれ区別無くとにかく貶しこき下ろし酷評しまくって相手を怒らせる非道ではない。
・・・そもそもそんなに酷い絵ですか、あれ。こちらとしても「デフォルメ効かせた微妙なポーズ」とはあらかじめ言ってあったのだが、やれ「上半身と下半身(の間)を切断してくっつけて短くしたみたい」だの「あんたは正確なデッサンが魅力と言うわけでもないから気にするな」だのくそみそに言われ、挙句の果てには絵付きで添削までされてしまった(苦
(無礼な話だよな、人を小僧っ子扱いですか。私なら相手が中学生の初心者でももっと気を配るぞ。相手が「具体的にはどういう感じですか?絵に描いてみてください」とでも言い出さない限り添削なんてしないよ。優れた創作家はたとえ腰低く奥床しく見えても、心の奥にはしっかり矜持というものが鎮座しているからだ。相手を尊重するならば、仮に相手が若年者であっても、呑んでかかるような教師気取りは絶対にしてはならない。これは相手の自主性を刺激し活性化するためにも重要)
後で気が付いたのだが、いずれの絵師さんも普段デフォルメキャラを多く描いている人なのだ。
あー、既にデフォルメされているため、さらにデフォルメする余地が非常に少ないキャラを描いているから、8頭身キャラの微妙なデフォルメが理解できなかったか。正直な話、こういう人はこちらとしてもお呼びではない。身長172センチ(Dカップ)の黒桑先生は8.5頭身くらいあるのだ。
(というか、何で私の周辺には萌え系の絵師さんしかいないのだろう。ホント孤独ですよ)
(まぁウチのHPにお越しのかたは既に目にしておられるかも知れないけど)
男性雑誌のグラビア写真のポーズに長身のモデルが直立した(身長がわかるような)全身像があまり多くないのは、男性の多くが自分より小柄な女性を好むからかも知れない。座ったり寝転がっている姿勢だと身長は気にならないものだ。
人体にもパースがあるのは初心者ではない人なら周知の事実だろうが、8頭身キャラと5頭身キャラ、リアルタッチキャラと萌えキャラではどちらがデフォルメを効かせ易いか、取るのが難しいか。
言うまでも無く前者である。私が萌えキャラが嫌いな理由の一つは、顔を含めた人体に変化が付けにくくて(その代わり形を描く事自体は楽で簡単である。ジムよりボールの方が量産には向いているのですよ性能はともかく)描いていて退屈、という点だ。
あまりにムカムカしたので呼応して絵板に投稿された絵は絵板を含むbbs群もろとも削除させていただきました。あぁ、「しおしお」さん、あなたの絵が不愉快だったというわけではないのですよ。すぐ後に頼みもしないのに(模範解答的な面白みの無い)添削されたのが腹立たしいだけ。
(今気付いたんだが、萌え系の人ほど模範解答が好きだよな。18世紀の画壇で頭の固いデッサン厨の評論家、「業界人」たちに『グランド・オダリスク』の女体を「胴長すげぇぇぇぇぇ背骨が3本多いwwwフイタ」(←2ちゃんねるのpixivウォッチスレってこんな感じだよな)と酷評され嘲笑された「新古典主義」の大家ドミニク・アングルはむしろデッサンの鬼だった人。美麗で端正な美女麗人を精緻で古典的なタッチと見せかけて近代的な人体デフォルメを仕掛けて描いた先駆的確信犯。大胆なデフォルメこそしっかりした人体デッサンができていないと難しいのだ)
http://www1.megaegg.ne.jp/~summy/gallery/odalisque.html
(WEB美術館 『グランド・オダリスク』アングル)
まぁ遅かれ早かれbbs群は撤去する予定ではありました。
(これは本当。ブログが2つもある上に誰も使わない絵板が2枚もあるのは無駄じゃないか?メニューバーもゴチャゴチャするし。画像掲示板も要らないよな。個人向けメッセージならメールフォームが望ましいわけだし)
タイミング的にぶつかっちゃった、というのもあるのですよ。
あぁ、度重なる無礼な振る舞いに腹据えかねた「あの人」にだけはしっかり「絶縁状」を送らせていただきましたよ。
人を閉鎖的な真性ペドフィリアの残酷描写好きグロ大好き変態オナニー自己満足アウトサイダーアーティストと同列に扱うのみならず、他人のオリキャラの身体まで勝手に切断するとは何事ですか!(オレ、ペドとグロが大嫌いなんだよ)
そもそもこの人物、イラストSNSの自作の絵や自分のブログ記事に寄せられたコメントにろくにレスさえ返さないマナー知らず振りですよ。コメントが数十数百寄せられる人気作家でもマメな人は区切りを置いて時々レスするもんだぞ。
(私は無視黙殺されるのが一番嫌いだ。元ネグレクト児童のアダルトチルドレンなめんな)
(「自己顕示欲が強い人は子供の頃に親にあまり構ってもらえなかった人だ」と和田秀樹が言ってた)
また彼には、何かと言うと「先生に教わったんだが」とか「先輩はこう言った」とか「代々木アニメーションでは」とか「原稿の持ち込みで」とか、異常に「箔」を付けたがる習性があります。そんなに自信が無いんなら何も言うなよ。(代アニがそんなに偉いんかよ。オレはムサ美卒の女の子と付き合ってた事があるぞw幼馴染は大阪芸大に行ってたぞwつい最近、湯川専務が自分と同じ大学の先輩に当たる事を知りましたwあんなカラーのお笑い大学です(笑 ちなみに私は社会学部でした。今にして思えば美術系の学校に行くべきだったかと・・・)
【ニコニコ動画】CM ドリームキャスト 湯川専務シリーズ
「権威」に頼るってのは、私には逆に「自分には個性も応用力もセンスもありません」と言外に(無意識のうちに)白状しているようにしか見えないんですがね。
私が大喧嘩になる相手は決まってこういう人。過去に「彼」も含めて三人と口論になって絶縁しています。どの人も態度がでかくて偉そうなんですよ。根拠不明に傲慢な態度です。
あぁ、自信が無いから、逆に嵩にかかった態度で相手を支配しようとするのか。納得。
(人体とは一つの塊なのだがこの人の描く人体は頭部と胴体と四肢の動きがバラバラで連続性が無い。最低限デッサンを意識して描くならこんな身体にはならない。腕の曲がり具合と肘付近の筋肉の変化の描きわけも無く、「手」指先さえいい加減。そんなもん自分のを見れば簡単に描けるだろうに。スカートの中の股関節の状態が尋常ではない。そもそもキャラの身体に体重というものが感じられない。萌え系作家でも何となく重力に支配された人体を描いているものです。おそらくは描くに当たってせいぜいポーズ人形を参考にした程度なのでしょう)
あー、スッキリした。
「親友とは互いに相手を理解している間柄の人である」と誰だか言ってたけど、この定義に従えば私には間違いなく「親友」は居ない事になるなぁ。誰一人理解しようとさえしてくれないよ。
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